社会不安障害(社交不安障害・対人恐怖・SAD)入門 社会不安障害(SAD :social anxiety disorder)について 最近は社会不安障害の用語を耳にすることも多くなった。従来日本では「対人恐怖症」または「対人恐怖」とよんでいた病態 が近く、しかもそれは社会不安障害よりも広い概念である。海外でもtaijinkyoufuとして確定された概念と認識されている。SAD :social anxiety disorder の翻訳語は社会不安障害として確定されている。社会はsocialの直接の翻訳語であるが、対人関係とか、人付き合いとか、もっとはっきり言えば「他人」が問題である。 概ねを言えば、社会不安障害では「他人に見られること」や「他人に判断されること」に過度の不安がある。自分の行動が「 他人から否定的に評価されることを常に恐れて」いる。対人緊張が高まると、震え、赤面、動悸、悪心などの身体症状が生 じる。しかしここまでならば単に対人緊張の強いシャイな人である。ここから回避行動が生じ、予期不安が見られる場合、 SDAと診断されることになる。回避行動とは、行くべきところに行けないこと。たとえば会議に出席できない。好きなコンサ ートに行けない。学校に行けないなどである。予期不安は、不安な場面を頭の中でリハーサルして何度も不安を体験してしま うことである。SADと診断する際には社会活動に制限が生じることが目安になる。また、彼らは自分の不安を不合理であると 明確に自覚している。それなのに不安を止められないと悩んでいるのである。「不合理の自覚」は強迫性障害診断においても 大切とされている点なのであるが、確認は容易ではない場合もある。 SADの人がどうしても人前に出なければならない時、アルコールの助けを借りることがよくある。そしてそれが常習的になる こともよくある。従って、アルコール症の背後にSADがないかどうか、吟味する必要がある。 SADにも重症度の違いがあり、不安の場面がかなり限定されている場合は軽症、場面が増えてあらゆる場面で不安が見られる ようになると重症タイプになる。 最近では障害有病率は5〜10%程度といわれている。決して少なくない。女性の方が多いと言われている。この内容について は子細に検討が必要と思われる。また20歳代より前の若年層に多いと観察されており、30〜40歳を過ぎて初発するケースは 稀と言われる。社交技術(social skill)が発達するからだろう。診察室では、中学から大学にかけて、学校場面での困難に直面する例が多い。最近の学生は内心を言語化する能力が低いので、診察には苦労することが多い。 SAD患者は未婚者が多く、長じても25%は結婚の経験がない。結婚したとしても、離婚することも多い。親戚づきあいが出来 なかったり、家族ぐるみの交流ができないからだと言われている。 SADと診断された人で、他の病気を同時に診断される人が50%もいる。多いのはうつ病であり、SADの20%はうつ病と言われる。これは社会生活に制限が生じ、同時に家庭生活にも制限が生じるので二次性にうつ病になったと考えることも出来るし、も ともと原発性にうつ病の人が、人づきあいの面で制限を感じて、結果として社会不安障害と診断される面もあると思う。ア ルコール症は当然多く、自殺未遂も多い印象がある。 病気としてのSADと「内気な性格」、あるいは「回避性人格障害」の鑑別は困難な問題になる。ポイントは社会生活に制限支 障が出ればSADと言うべきであることである。本人または家族が実際の不利益を被れば、SADと診断して治療を開始すべきだ と思う。また、スキゾタイパル人格障害、スキゾイド人格障害、パニック障害との鑑別も必要である。パニック障害の場合 には一人でいる方が不安が高まり、誰かと一緒にいたがる。一方、SADの場合には、他者と一緒にいることが苦痛である。 治療はまずSAD単独の病態なのか、うつ病やアルコール症をも併発している病態であるかを鑑別診断する。併発病があれば当 然治療すべきである。併発率が最も高いのはうつ病であり、かつ、SADそのものについてもSSRIが有効であるから、これが第 一選択薬になる。フルボキサミン(商品名ルボックス)を最初50mg、徐々に増量して3週後に150mg、その後経過を見て150mgを維持量とするか、300mgまで増量して維持量とする。副作用は口渇と便秘程度で、重篤なものはない。奇異な反応 があったら注視して観察する。 効果発現まで2週から4週が目安になるが、データからは3ヶ月を経過してからでないと、効果の有無を結論できない。ここで 注意したいのは、3ヶ月の後に無効であったとして、無駄なのかと言えば、そうではないことである。併発しているうつ病う つ状態については改善が見られていることが多い。結論としては、最適維持量を最低3ヶ月は継続すべきである。 指摘されている事実として、薬剤開始1週目で不安が強くなる場合がある。これはSADだけではなく、GADの場合にも、フルボ キサミンで見られる現象である。しかし、その後不安が低下して、次に回避行動が低下するので安心していい。実際にはLSASという社会不安尺度で測定して論じている。この1週目の不安の増大に対してはベンゾジアゼピン系抗不安薬(たとえ ばソラナックス、ワイパックス、メイラックス)を用いて、不安を抑える戦略がよいだろう。この際にクロナゼパム(ランドセン、リボトリール)も勧められるが、日本ではてんかんの病名がなければ使用できない。 フルボキサミンの他に日本ではパロキセチン(パキシル)を使用することができる。初回20mgで開始して、40〜60mgまで増 量し、3ヶ月維持する。そこで効果を評価する。 ルボックスやパキシルで3ヶ月を経過して、その後維持し、最低一年は継続する。その後に薬剤を減量して症状再発のない場 合には治癒となる。症状再発した場合には同一薬剤を継続する。長期投薬を要する場合の例をあげると、うつ病を併発してい る場合、社会不安障害発症が人生早期であった場合、回避性人格障害を併発している場合、薬剤コンプライアンスが悪い場 合(つまり薬を飲んだり飲まなかったり不安定な場合)、遺伝性のある場合、再発を反復している場合などがあげられる。 SADは有病率が高く、未治療で放置した場合、うつ病やアルコール症を併発する場合が多く、その点でも積極的に治療する意義が高い。薬物療法を1年以上継続した場合に社会生活制限から開放されることが多い。ある程度時間がかかるのは、社交に おいて自信がつくまで時間がかかることも理由である。 結論として、ルボックスを150mg一年飲んでみよう。人生が広がる。 SAD・社会不安障害・本論 「社会不安障害」social anxiety dosorder SAD(社会恐怖social phobiaも同義) 目次 1.社会不安障害とは。簡潔な理解。 2. 用語 (2-1)social (2-2)anxiety (2-3)phobia,fear (2-4)panic (2-5)agoraphobia 3.不安性障害全般についての理解 3-1.広場恐怖を伴わないパニック障害 3-2.広場恐怖を伴うパニック障害 3-3.パニック障害の既往歴のない広場恐怖 3-4.特定の恐怖症…動物型、自然環境型、血液・注射・外傷型、状況型、その他の型 3-5.社会恐怖 3-6.強迫性障害 compulsive obsessive disorder 3-7.外傷後ストレス障害 post traumatic stress disorder(PTSD) 3-8.急性ストレス障害 Acute stress reaction 3-9.全般性不安障害 generalized anxiety disorder(GAD) 3-10.一般身体疾患による不安障害 3-11.物質誘発性不安障害 3-12.特定不能の不安障害 4.旧来の日本で言う「対人恐怖」との異同 (4-1)視線恐怖を例にとって 5.現実認識 6.背景 7.森田神経質について 8.分析的理解の初歩 以上目次終わり 1.社会不安障害とは。簡潔な理解。 米国流のDSM診断では不安性障害の中の一つに社会不安障害が分類されています。普通の日本 語で言えば、社会不安は、テロや災害などで政治経済が不安定な様子をさすでしょうが、社会不 安障害の内容としては、常識的日本語で考える「軽症対人恐怖」または「対人不安性障害」でお おまかに間違いないと思います。対人恐怖はtaijinkyoufuと英訳されているほど、固有のものなのですが、ここでは簡単に、対人恐怖のなかの軽症・思春期・非妄想型とでもとらえておけばよい でしょう。 簡単に言えば、「他人に注目されて」「恥をかいたら」どうしようと不安が高まることであり、 そのような対人的状況を回避しようとする場合もあることです。 たとえば、このような人のことです。 Aさんは鉄鋼会社に勤務する勤続23年のサラリーマンです。几帳面で責任感が強く、面倒見もいい ので、部下とよく飲みに行きます。4月に昇進して、みんなに祝ってもらいしました。9月になっ て夏休みが開けたころ変調を感じました。会議の席で挨拶しようと思って、頭が真っ白になった のでした。不安、冷汗、動悸、息苦しさを伴っていました。「こんなこともあるのかな、不眠と 過労のせいかな」と思い、しばらくは節酒していました。 昇進した後の仕事も何となく億劫でした。やればできる仕事ですが、後回しにして、机の脇に書 類が一山できています。役員会で急に指名されると何も言えなかったので自分でも驚きました。 いままで経験したことのないことでした。うつのような気もしたのですが、睡眠も食欲も大丈夫 ですし、休日にはゴルフも短歌も昔の通りに楽しめます。 今回大きな会議があり、三ヶ所程度挨拶をすることになりましたが、その原稿がまったく書けま せん。「また頭が真っ白になったらどうしたらいいだろうか」と不安になってしまいます。とう とう不眠症になってしまいました。どうも、会議で上役に向かって何かを言わなければならない 重圧に負けているようでした。会議に出なくてすむなら出たくないとまで思うようになりました。 「他人から注目される場面」としては、大勢の前、目上の人の前、異性の前、挨拶を読み上げる時、電話する時、会食する時、などが多くあげられます。 不安が高まるという精神症状の他に、次のような身体症状が見られます。赤面、火照り、顔の引 きつり、吃音、手や声の震え、発汗、身体硬直、嘔吐、意識消失、頻回の尿意、頻回の便意、公衆便所で排尿できないなど。 米国での調査ではSADの生涯有病率は3〜13%です。これまで治療されていなかった重大な病気と 言えるでしょう。単に「内気」な性格だと考えて治療で治るとは思わなかった人が多かったよう です。さらに人との関わりを避けるので、結果として病院に行こうと思いません。診断も遅れる 傾向にあります。 回避性人格障害との鑑別が必要です。 また不安が限定性か全般性かについて鑑別する必要があります。 さらに強迫性障害と同じで、最初の一回は平気な場合も多く、二回目から苦しみが始まることが 多いとも言われています。また、不安が過剰であり、不合理であることを自覚しています。この 二点で強迫性障害と社会不安障害の同型性が論じられています。 対人距離によって不安感に違いがあり、初対面の人は平気、少し慣れてくると不安は極大になり、家族程度に親しくなってしまうとまた平気になると観察されています。学校が始まって少しの 期間は元気だったのに、次第に閉じこもりがちになるのは、この典型です。社員食堂で同僚と会 話ができない人が、初対面の客とは堂々と話せるのもこのためです。 治療はSSRI(ルボックス、パキシルなど)や抗不安薬(ソラナックス、ワイパックス、デパ ス、メイラックスなど)が有効です。 2. 用語 社会不安障害のもとの言葉はsocial anxiety dosorderです。DSMでは同義語として社会恐怖social phobiaも使われています。 まず言葉の説明をしていきましょう。 (2-1)social social は、「社会の、 社会的な、 社交的な、社交界の、社会的地位に関する」などの意味があります。social democratic partyなら社会民主党、social workerは社会福祉の仕事をする人ですね。大きく分けると、第一は、人間が集まって集団を作っている、その構造体のことを社会といい ます。社会構造などと使います。第二には社交技術とか社交界とかの言葉で、人と付き合うこと を言います。社会不安性障害で言っているのは、この社交、人付き合い、対人関係のことです。英語で説明するとinterpersonal situation があたるでしょう。 (2-2)anxiety 一般に心配だという程度の意味なのですが、学問的には、恐怖に比較して、対象の漠然とした、 比較的弱く短い、交感神経身体反応を伴う、内的感情と定義できます。 「何となく落ち着かなくて、冷や汗が出たり、動悸がしたり、胃部不快がある」ような状態です。 (2-3)phobia,fear phobiaは恐怖症。どちらからといえば学問的な言葉です。fearは一般的な言葉で、恐れ, 心配、ときには神への畏敬までを含みます。 恐怖と翻訳します。不安に比較して、対象が明白で、瞬間的で、激しい感情であり、交感神経系 の身体反応を含みます。 たとえば「注射恐怖」の時は、注射の針を見ると、ドキドキして冷や汗が出て、何としても逃げ たいと思い、もがき続け、何かを叫んだりします。 現実にはさして危険でない程度の対象に対して激しい恐れを抱きます。常識的にはそれほど恐怖 しなくてもよいのだと自ら半ば理解していることが多いようです。 対象により分類しています。動物(へび、クモなど)恐怖、対人恐怖、疾病恐怖、不潔恐怖。自 然環境(嵐、高所、水)、血液・注射・外傷、状況型(公共輸送機関、各駅停車<急行<地下鉄<トンネル(後者ほど苦手)、橋、エレベーター、飛行機、自動車運転、閉所、広場)。窒息、嘔吐に対する恐怖。 (2-4)panic パニックは特に強烈な不安恐怖の状態です。臨床的にパニック障害といえば、(1)強い恐怖、(2)動悸、(3)呼吸困難(特に過呼吸発作)、(4)めまい、ふらつき、(5)手足のしびれ、(6)胃部不快、吐き気、下痢、便秘などの消化管症状。以上のすべてまたはいずれかを呈する状 態を指します。発作は通常15分から30分で全快し、あとに後遺症を残しません。予期不安が生じ、持続することがあり、結果としてうつ状態になり、生活に支障が出ることもあります。平均し て6ヶ月程度の経過で治癒し、治療にはベンゾジアゼピン系抗不安薬、SSRI、三環系抗うつ剤など を用います。心理療法としては支持的カウンセリングや行動療法が用いられます。 パニック障害は広場恐怖を伴うタイプと伴わないタイプとに分類されて統計処理されます。 (2-5)agoraphobia 広場恐怖 agoraphobia 特定の場所・状況に対して恐怖を感じる場合に用いる言葉。広場は一つの典型であり代表である。たとえば、エレベーター、レジの待ち行列、歯医者、美容院、電車な どが多い。患者さん方は、「強制された状態、待ってもらえない状態、自分の都合で抜けられな い状態」がつらいと語る。ここまでくると「広場」の訳語はふさわしくない。 「特定の場所恐怖」と言えばそれでもよいのですが、少し事情があります。プライベートな場所 では、強制もなく、自分の都合だけで動くことができます。パブリックな場所では、自分の都合 だけで何かをしてもらうことができません。電車の中で具合が悪くなっても、急行電車を止めて もらえません。飛行機の中でも同じです。つまり、プライベートな場所は安全であるのに対して、パブリックな場所が危険なわけです。個人的なわがままは我慢しなければならないパブリックな場所という意味で、公共の場所アゴラを代表として、アゴラフォビアと呼んでいます。ヨーロッパの町の中心にあるパブリックな場所がアゴラなのです。 3. 不安性障害全般についての理解 DSMにおける不安性障害分類には次のようなものがあります。それぞれについて解説すること によって、社会不安障害の位置づけについて明らかにしていきましょう。 1.広場恐怖を伴わないパニック障害 苦手な場所・状況が特にない、いつ起こるか本人にも分からないパニック障害です。睡眠中に起 こることもあります。 2. 広場恐怖を伴うパニック障害 苦手な場所・状況があるパニック障害で、たとえば電車、美容院、歯医者、エレベーター、会議などです。 3. パニック障害の既往歴のない広場恐怖 パニック障害はないのですが、特定の場所・状況が苦手で、できれば回避しようというものです。 4.特定の恐怖症…動物型、自然環境型、血液・注射・外傷型、その他の型 蜘蛛恐怖症などですが、教科書には、行動療法として、蜘蛛になれる方法が図示してあります。 まず蜘蛛の絵に触れる、蜘蛛の写真に触れる、ガラスケースの蜘蛛に触れるなど、段階的に慣ら していきます。 5. 社会恐怖 上記(1)で説明しました。 6. 強迫性障害 compulsive obsessive disorder これは、本人はばかばかしいと思い、無意味だと思っているのに、反復を辞められない、観念や 行為です。確認強迫をchecker、手洗い強迫をwasherと簡単に呼びます。 obsessional ideaとcompulsive actがあります。ドイツ語でZwangです。儀式や宗教につながる議論があります。 7. 外傷後ストレス障害。post traumatic stress disoeder(PTSD) 戦闘、爆撃、天災などの後に、多くは遅延性に驚愕反応が生じるもの。ベトナム戦争や湾岸戦 争の後、兵士にみられたものが典型。この拡張として心的外傷後ストレス障害が考えられている。 8. 急性ストレス障害(Acute stress reaction) 驚愕反応ともいう。爆撃、火事、地震などでの、近親者の死、財産喪失などの体験に際しての特 殊な激烈な反応。グリーフワークの開始時の混乱とは質的に異なる。 9. 全般性不安障害 generalized anxiety disoeder(GAD) 不安発作(パニック発作)が目立たず、慢性不安状態が持続するタイプの不安症。たとえばPTAの会合、ゴミ出し場所の掃除、子供の学芸会、その他、日常的に反復されるイベントのそ れぞれに対して持続性の不安を抱くもの。 10. 一般身体疾患による不安障害 これは理解了解できる範囲の事項。 11. 物質誘発性不安障害 これも理解了解できる範囲の事項。ドラッグなど。 12. 特定不能の不安障害 これはくず箱。 4. 旧来の日本で言う「対人恐怖」との異同 社会不安障害と旧来日本で呼ばれていた対人恐怖症は全く違った奥行きをみせていてることに注 意が必要です。日本で古くから使っていた言葉、「対人恐怖症」はほとんど日本語の中で日常語彙の一つとなっていますが、意味の包含する範囲は広く、社会不安障害のすべてを包摂しなお余 りある広がりを持っています。従ってここでは、対人恐怖症と社会不安障害の差は何であるかを 指摘しつつ説明しましょう。 対人恐怖 anthrophobia,fear of interpersonal situation,social phobia.avoidant personality disorder 対人恐怖はtaijinkyoufuの用語で語られることもある位、日本で森田以来の研究蓄積があり、特に思春期対人恐怖の研究など独自の説得力があります。 他人と同席する場面で、不必要な程度の強い不安が生じ、そのため他人に不快感を与えるのでは ないか、他人に軽蔑されるのではないかと感じ、そのような対人場面を回避しようとします。 恐怖が過剰であり、不合理であることを自覚している場合もあり、訂正できない確信である場合 もあります。 社会不安障害の名は、妄想性成分を含みません。「自分でもばかばかしいと自覚していながらも おなも不安である、不安を止められない」そのようなものです。強迫性障害と構造としては似て います。一方、対人恐怖症は妄想を含むことがあります。そしてそのまま統合失調症につながる ことがあります。その部分が、対人恐怖症の概念の広がりです。 対人恐怖には軽症型から重症型まであり、思春期の重症型を思春期妄想症と呼びます。性格障害 から統合失調症までを含む概念と考えられます。特徴をあげると、思春期前期に好発、中学後半 から高校後半まで。男性に多い。慢性的に経過。統合失調症の前駆症状として見られることも ある。赤面恐怖、視線恐怖、正視恐怖、体臭恐怖、醜形恐怖、吃音恐怖の形をとることもある。 薬剤は抗不安薬とSSRIなどの抗うつ剤の他に抗精神病薬を用います。 (4-1)視線恐怖を例にとって 視線は人間の一部ですから、視線恐怖は対人恐怖の典型的一亜型です。他人の視線と自分の視線 を区別しています。自分の視線が気になる場合は自己視線恐怖と呼べば正確です。両者につい て病気の深さの程度をおおむね区別することができます。(1)正常範囲内のはにかみ、(2)気にする必要はないと知りつつ過剰に意識してしまう場合(神経症レベル)、(3)妄想性を帯び、しばしば被害的になる(軽度精神病レベル)、(4)統合失調症の部分症状と見なすべき、訂正不 可能な確信(重度精神病レベル)。さて、自己視線恐怖については、妄想性が濃厚な場合が多く、思春期妄想症や統合失調症の一部病態にしばしば見られます。これは自我漏洩症状の一部です。自我漏洩症状には自己臭恐怖、自己視線恐怖、思考(考想)伝播などがあり、本来自己の内部 にとどまるべきものが外部に漏洩してしまい、他者に不快感を抱かせる点が共通です。 社会不安障害にはこのような深い意味での病理はありません。それが対人恐怖との相違です。 5.現実認識 対人恐怖や社会不安障害における種々の不安、恐怖に対して、大まかにまとめると、現実認識に 歪みがあるものとないものとに分類されます。おおむね、醜形恐怖、疾病恐怖、視線恐怖、自己 臭恐怖は現実認識に歪みがあることが多く、精神病レベルの病理と判断されることが多いと思い ます。 一方、高所恐怖、先端恐怖などは通常の恐怖感の延長として考えることができるでしょう。その 点で、神経症レベルの病理といえます。 精神病レベルの病理と神経症レベルの病理はくっきりと分けられるものではなく、動揺しつつ、 両者の間を行き来する場合もあります。 6. 背景 背景に特有の性格傾向や神経症構造を持つことがあり、森田神経質や強迫性障害などは恐怖症と 大いに関係があります。 また、背景に統合失調症などを持つことがあり、思春期にみられる過度の対人緊張は統合失調症の始まりであることもあるので注意が必要です。 7. 森田神経質について 森田は日本において特に多い神経症類型として森田神経質を提唱し、その臨床的特徴の中心とし て対人恐怖症をあげました。森田療法で言う神経質またはヒポコンドリー性基調は病気の基礎的 性格となるが、通常の日本語で言う神経質な性格は不安性障害とあまり関係ないといわれます。森田の神経質な性格傾向をヒポコンドリー性基調と呼び、その上に生じる、感覚と注意の悪循 環を「精神交互作用」と名付け、さらに「とらわれ」にいたることを説明しています。絶対臥褥、音読、作業、読書などを通して、「あるがまま」「目的本意・行動本意」に至るのが森田療法の一部です。 8. 分析的理解の初歩 不安を特に不安神経症として扱い、防衛機制(防衛メカニズム)などの概念を用いて説明したの が初期フロイトです。中絶性交のような「欲求不満に終わる性的興奮」を病因として想定してい ました。フロイトはその後発展的に大きく方向転換しました。一方「夜と霧」などで有名なフラ ンクルは現存在分析などを通じて実存神経症の分野で研究を深めています。 SAD・社会不安障害・チェック 映画「アメリ」に関してSAD(社会不安障害)の診断の手がかりLSAS-J 映画「アメリ」に関して、主人公の少女アメリはSAD(社会不安障害)にすこし近いのではない かとの印象を持つのですが、その診断の手がかりとしてはLSAS-J(日本版LSAS)があります。DSMによれば、「自分でも恐れる理由がないことは分かっているがやはり怖い」などと、もう 少し立体的にとらえる必要があるのですが、一応のリストとしては役に立ちますので、紹介し ます。それぞれの項目の時に不安を強く感じるかどうかをチェックして、合計するものです。()内は個人的なコメントです。決定版というわけでもないですし、第一アメリカ文化を標準にし ていますから、そのまま日本でも、というわけでもないと思います。表面に出た症状としてはこ のようなことがあるとアメリカでいわれている、という程度のものとして参考にすればよいでし ょう。 1. 人前で電話をかける。(逆に電話のほうが落ち着くという人もいます。電話では吃音が出ないという人もいます。) 2. 少人数のグループ活動に参加する。 3. 公共の場所で食事をする。(食事は怖いもののようです。この症状は多いと思います。外食恐怖または会食恐怖などと言います。) 4. 人と一緒に公共の場でお酒(飲み物)を飲む。(なぜか食事と飲み物を分けていますね。) 5.権威ある人と話をする。 6. 観衆の前で何か行為をしたり話をする。(結婚式の祝辞を頼まれているが、何日も前から心配しているという相談は多いものです。) 7. パーティーに行く。(日本ではリッチな人以外はあまりないですね。たとえばPTAの集まりくらいでしょうか。) 8. 人に見られながら字を書く。(結婚式やお葬式の記帳などですね、これが多い。書痙などと呼びます。) 9. 人に姿を見られながら仕事・勉強する。(図書館など。最近は喫茶店で勉強する人も多い。) 10. 余りよく知らない人に電話をする。(いっそのこと全然知らない人ならば平気ということもある。そのあたりも詳細に聞く。) 11. 余りよく知らない人達と話し合う。(政治の話とかビジネスの話とか、まじめな話。) 12. まったく初対面の人と会う。(たとえば仕事で初対面なら平気だけれど、プライベートではダメという場合も多い。そのあたりも詳細化する。) 13. 公衆トイレで用を足す。(特に男性の並んで用を足す場所。洋式便座は嫌いという人も多い。) 14. 他の人達が並んで着席している場所に入っていく。 15. 人々の注目を浴びる。(14も16も一段抽象化すると15になります。このあたりの杜撰さがアメ リカ的です。) 16. 会議で意見をいう。(不意に指名されると平気なことも多い。前々から予定されているとあがる。) 17. 試験を受ける。 18. 余りよく知らない人に不賛成であるという。(アメリカ式ですから仕方ないですね。) 19. 余りよく知らない人と目を合わせる。(これも日本では普通失礼なことですね。) 20. 仲間の前で報告をする。(どんな仲間かによりますね。それにしても、もう少し項目を整理出来るだろう。項目間で抽象化のレベルが明らかに異なる。) 21. 誰かを誘おうとする。(「誰か」によると思いますが。) 22. 店に品物を返品する。(「店」によるのではないですか。) 23. パーティーを主催する。(どんなパーティなんでしょうね。) 24. 強引なセールスマンの誘いに抵抗する。(強引の程度によりますよね。) 映画アメリのお父さんはOCD(強迫性障害)ですね。いろいろ症状を抱えつつもうまく生きてい ます。それでいいなと思います。症状をなくすことだけが治療ではありません。生きる知恵があ ればいいのです。 アメリには知恵があります。症状を抱えつつ、人のためになることをしようと決心して、知恵を 絞ります。人間的な知恵とは、そのようなものではないでしょうか。知能テストで立方体を数え るだけではないはずです。