スキーマ療法などの考えの一部としては、「世捨て人」は戦いに負けた人の、敗戦後の適応機制みたいな見方もありそうだが、世捨て人はそのようなネガティブなものではない。負け惜しみととられるのは考えが浅いというか、狭いというか、老子や荘子をそのようにネガティブに考えるのは少し違うのではないかと思う。世捨て人とか宗教的価値の体現者とか徳の高い人物とかは、トランプやイーロンマスクや、その他成功した大金持ちよりもずっと価値のある人生を歩んでいると思う。
また、ずっと「世捨て人」でいる必要もない。週末だけ世捨て人とか、長期休暇だけ世捨て人とか、それもよいと思う。
「世捨て人」という存在は、心理学や文化・哲学の文脈で一様に否定的な意味づけがなされるわけではなく、むしろその生き方や態度に積極的な価値を見出す視点も存在します。以下、いくつかの観点から、世捨て人に積極的な価値づけをする考え方について詳しく解説します。
1. 東洋思想における世捨て人の美徳
a. 老子・荘子の思想
- 自然との調和と無為自然
老子や荘子の道家思想では、人為的な競争や欲望から離れ、自然な生き方(「無為自然」)を理想としています。ここでは、社会的な成功や権力欲から解放されることで、心が自由になり、自己が本来持っている素朴な美徳に気づくことができるとされています。 - 内面的成長と自己洞察
社会の喧騒を離れて内面に向き合う生活は、単なる敗北者の逃避ではなく、むしろ自己を深く理解するための実践と見なされます。荘子の寓話やたとえば「愚者の知恵」といったエピソードは、外界の評価に左右されない自立した知恵と余裕を讃えています。
b. 禅やその他の東洋宗教・精神性
- 静寂と省察の実践
禅宗や仏教の一部では、都会的な生活や競争から離れた山中での修行が重視され、そこに精神的な充足や悟りへの道が認められています。こうした文脈では、世捨て人は単なる社会逃避者ではなく、煩悩を超えて内面的な自由を得るための理想的な生き方として捉えられます。
2. 西洋における反競争・非功利主義の価値観
a. ロマン主義とエゴイズムの再評価
- 自然との再接続と自己実現
19世紀のロマン主義では、都会的な合理主義や効率主義に対する反発として、自己の内面世界や自然との共生が肯定されました。詩や文学の中で、孤高の放浪者や隠遁者は、しばしば感受性の豊かさや自由な精神の象徴として描かれています。 - ニーチェと超人思想の一側面
ニーチェは、従来の道徳や社会の規範に縛られない「自由な精神」を理想像として掲げました。彼の思想の中には、現代社会の「奴隷道徳」から脱却して、自らの価値を創造できる個人像が存在し、競争や功利主義に縛られない生き方が肯定的に評価されることも含まれます。
b. ムーミンのスナフキンという現代的な例
- 自由と自己の探求
ムーミンシリーズに登場するスナフキンは、社会的な常識や既成概念から距離を置き、自由な旅人として描かれています。彼は誰かと比べる必要もなく、また競争に巻き込まれることを避けることで、独自の価値観と生き方を確立しています。スナフキンの姿は、現代においても「自分らしく生きる」というメッセージを強く伝え、多様な生き方の一例として受け入れられています。
3. 心理学における防衛機制としての側面を超えた積極性
a. スキーマ療法と世捨て人像
- ネガティブな見方の補完
一部の心理学的理論、例えばスキーマ療法の文脈では、社会的失敗や競争疲労から自己を守るために世捨て人のスタンスが現れると捉えられることがあります。しかし、それだけでなく、こうした態度は自分自身の価値観や幸福感を見直す契機ともなり得ます。 - 自己再生と創造性の表現
競争社会の中で失敗や疲弊を経験した人々が、意図的に周囲から距離を置き、自分自身の内面世界を再構築する過程は、単なる防衛ではなく、自己の創造性や新たな生き方へのシフトを表現するものとしても解釈できます。これは、心理学的にも「再評価(reappraisal)」として肯定的に捉えられることがあります。
b. ポストモダン的視座と多様性の尊重
- 単一の成功モデルからの脱却
現代社会では、画一的な成功や効率、競争だけでなく、多様な生き方が認められるべきだという議論が広がっています。ポストモダンの文脈では、従来の成功体験や価値観そのものを疑問視し、誰もが自分らしい生き方を模索する権利があるとされます。 - 多元的なアイデンティティの尊重
世捨て人的な生き方もまた、一つのアイデンティティとして尊重されるべきであり、そこには社会的な評価に依存しない、内面的豊かさや独自の感性が宿ると考えられます。
4. 積極的価値づけを支える現代の実践例・コミュニティ
a. ライフスタイル・ムーブメント
- シンプルライフやミニマリズム
一部の現代的なライフスタイルとして、物質的な豊かさや競争から距離を置き、シンプルで内省的な生活を志向するムーブメントが存在します。こうした生き方は、必ずしも退廃的・孤立的なものではなく、むしろ自分自身の価値観に忠実な「選択」として肯定的に捉えられます。
b. クリエイティブな職業やフリーランスの働き方
- 個人の自由と創造性の追求
競争の激しい職場環境から離れ、フリーランスとして働く人々や、創作活動に専念する人々は、自らのペースで自由に働くことを選ぶケースが増えています。こうした背景には、必ずしも伝統的な成功やキャリアパスだけでは測りきれない自己実現の価値があり、それが世捨て人的な生き方に肯定的な評価を与える要因となっています。
結論
積極的な価値づけが行われる立場からみると、世捨て人という生き方は以下のような意義を持ちます:
- 内面的自由と自己洞察の実現
- 老子や荘子、禅の思想のように、外部の規範に左右されずに自己の内面に向き合い、真に自由な精神を育む道として評価される。
- 文化的・芸術的表象の多様性
- ロマン主義やムーミンのスナフキンのように、世捨て人は独自の感性や価値観の持ち主として、社会に対して新たな美意識やライフスタイルを提示する存在となり得る。
- 個人の選択としての尊重
- ポストモダンの観点からは、従来の成功モデルや競争基準に縛られず、各人が自分らしい生活を選ぶ権利があり、世捨て人的な生き方もその一つの有力な形態として肯定される。
このように、世捨て人という存在は、単に競争に負けた結果としての「逃避」ではなく、むしろ現代社会における自己再評価の一環として、内面的豊かさや創造性、そして多様な価値観の表明として積極的に捉える動きが存在します。