以下に、スキーマ療法(Schema Therapy)によるうつ病の治療事例を、理論的背景から治療展開まで詳細に提示します。スキーマ療法は、ヤング(Jeffrey Young)によって開発された心理療法で、**慢性的で反復する感情・対人パターンの背景にある「早期不適応スキーマ」**に焦点を当て、行動・感情・認知の各レベルに働きかけます。
臨床事例:慢性うつ病に対するスキーマ療法の応用
1. 患者プロフィール
- 年齢・性別:42歳、女性
- 職業:パート勤務(販売職)
- 主訴:「自分には価値がない」「誰にも愛されない」
- 病歴:20代から抑うつ状態を繰り返しており、過去に複数回の抗うつ薬処方歴あり。現在も持続的な抑うつ気分、低い自己評価、他者との関係困難が持続。
- 幼少期背景:母親が過干渉・批判的、父親は不在がち。思春期にいじめ被害の経験。
2. 理論モデル:スキーマ療法の枠組み
- スキーマ療法の中核概念
- 早期不適応スキーマ(Early Maladaptive Schemas, EMS):子ども時代に形成され、成人後も反復的に機能不全を引き起こす信念パターン。
- スキーマモード(Schema Modes):ある場面で顕在化する一時的な「状態」。うつ病では「傷ついた子どもモード」や「批判的親モード」が優勢となる。
- モード間の葛藤:自分を責める「批判的親モード」と、傷ついた「子どもモード」が共存し、苦悩が増大する。
- 代表的なスキーマ(本事例で該当したもの):
- 見捨てられ/不安定スキーマ:「他者は私を見捨てるに違いない」
- 欠陥/恥スキーマ:「私は愛される価値がない」
- 服従スキーマ:「私は他人に従わなければならない」
3. 治療構造
- 期間と頻度:週1回、全体で約40回のセッション
- 技法:認知的再構成、イメージ再処理、感情焦点化、ロールプレイ、モードワーク、限定的再養育(limited reparenting)など
- 目標:スキーマの認知化 → 感情的変容 → 適応的モードの強化
4. 治療経過(抜粋)
第1〜10回:アセスメントとスキーマ・モードの同定
- スキーマ質問紙(YSQ-S3)とモード質問紙(SMI)を用いて、患者に特有のスキーマ群を把握。
- 初期では、「傷ついた子どもモード」と「批判的親モード」の交互出現が目立つ。
- 患者が過去のエピソード(母親からの批判)を語る中で、自己否定的なモードが活性化。
→セラピストは「モードモデル」を説明し、「その声はあなたの中の“批判的親”の声かもしれません」と心理教育。
第11〜25回:モードワークと感情の再処理
- 感情活性化と再処理:イメージワークにより、幼少期のトラウマ場面を再体験。
- 例:「10歳のとき、母に“おまえなんて誰も好きにならない”と言われた場面」
- セラピストがイメージの中で「養育的な大人」として登場し、子どもの患者を支持・擁護する(限定的再養育)。
- 批判的親モードの対抗:ロールプレイにて批判的な内的声に立ち向かう練習を行う。
- 「私はもう大人で、自分を守る力がある。過去の言葉に縛られたくない」と自己主張。
→セッション後、患者は「少しだけ、自分を許せるようになった気がする」と発言。
第26〜40回:健康な成人モードの強化と再発予防
- 適応的行動の強化:「Noと言う練習」「自分のニーズを表明する」「休むことへの罪悪感の克服」
- 「健康な成人モード」の役割を自覚し、批判的モードを内面で制限できるようになる。
- 日常場面での変化:職場での主張、母親への距離の取り方、趣味活動の再開。
5. 結果と考察
- 抑うつスコア(BDI):33 → 9
- 自己評価の向上と慢性的な自己批判の緩和
- 対人関係の変化:「人との関係が以前よりも自然に感じられる」
スキーマ療法では、**単なる思考の修正にとどまらず、感情レベルの再処理と“内なる関係性の変容”**が重視される。慢性うつ病やパーソナリティ要素を伴う症例において、とくに有効である。
参考文献
- Young, J. E., Klosko, J. S., & Weishaar, M. E. (2003). Schema Therapy: A Practitioner’s Guide. Guilford Press.
- Arntz, A., & van Genderen, H. (2009). Schema Therapy for Borderline Personality Disorder. Wiley-Blackwell.
- Bamelis, L. L. M. et al. (2014). Effectiveness of Schema Therapy for personality disorders: A meta-analysis. Journal of Consulting and Clinical Psychology, 82(3), 532–545.