第8章 社会的影響と生活の質の比較
8-1. はじめに
精神疾患は症状だけでなく、患者の日常生活、対人関係、職業的機能、自己評価など広範な領域に影響を及ぼす。なかでも統合失調症とうつ病は、いずれも社会的孤立や生活の質の低下と強く関連しているが、その影響の様相には疾患特有の違いもみられる。本章では、両疾患の社会的影響とQOLに焦点を当て、共通点と相違点を明らかにする。
8-2. 統合失調症における社会的影響
統合失調症はしばしば10代後半から30代前半に発症し、発達・教育・就労・結婚など人生の重要な段階に深刻な影響を及ぼす。主な特徴は以下の通りである。
- 対人関係の困難:陰性症状(感情の平板化、意欲低下など)や認知機能障害により、友人関係や職場での人間関係が築きにくい。
- 職業的機能の制限:症状の再発・慢性化により、就労継続が困難なケースが多い。実際、就労率は10〜20%程度にとどまるとされる(Marwaha & Johnson, 2004)。
- スティグマと社会的排除:幻覚や妄想といった症状に対する社会的偏見が強く、家族を含めた社会的支援が得られにくい場合もある。
8-3. うつ病における社会的影響
うつ病は比較的有病率が高く、社会的には「目に見えない病」として認識されることが多い。その社会的影響には以下のような点がある。
- 社会的役割の喪失感:職場復帰の困難、家事・育児への意欲低下がQOLに大きく関係する。
- 自己評価の低下と孤立:無価値感や自責感が強く、周囲とのコミュニケーションが減少し、主観的孤立感が増す。
- 社会的支援の有無による回復の差:家族や職場の理解とサポートが得られるかどうかで予後が大きく変化する(George et al., 1989)。
8-4. 両疾患に共通する影響と異なる側面
共通点
- 生活の質の低下:いずれの疾患も、身体的・心理的・社会的健康すべての側面でQOLの低下を引き起こす(WHOQOL Group, 1998)。
- スティグマの影響:精神疾患に対する社会的偏見や差別が、患者の社会参加や自己肯定感の障害となる。
- 家族の負担:経済的負担、介護負担、社会的孤立など、家族もまた支援対象となる必要がある。
相違点
項目 | 統合失調症 | うつ病 |
---|---|---|
社会的孤立の構造的側面 | 病識の欠如や妄想の影響で、周囲との断絶が長期化 | 自責感や意欲低下による自発的な孤立が多い |
職業的機能 | 慢性的な機能障害により就労が長期間困難 | 一時的な機能低下が多く、回復後の復職も可能 |
スティグマの種類 | 異常行動への社会的恐怖(例:暴力の誤解) | 怠けや甘えといった誤解 |
QOLの回復 | 段階的で時間を要する | 比較的早期の改善も見られるが再発リスクが高い |
8-5. 生活の質向上のための支援のあり方
- ピアサポートや当事者活動の導入:社会的つながりの回復と疾患受容を促進。
- 就労支援と復職支援の整備:IPS(Individual Placement and Support)モデルなどの支援が有効。
- 家族支援と教育:病気への正しい理解と対応方法の普及が、患者と家族の双方に恩恵をもたらす。
8-6. 結語
統合失調症とうつ病はいずれも、患者の生活全般に重大な影響を与える疾患であり、疾患特性に応じた支援の組み立てが不可欠である。統合失調症では長期的視野に立った社会的包摂が求められ、うつ病では早期介入と再発予防が鍵となる。両疾患とも、生活の質を高める支援は医療だけでなく社会全体の責任であるという視点が重要である。
参考文献
- Marwaha, S., & Johnson, S. (2004). Schizophrenia and employment – a review. Social Psychiatry and Psychiatric Epidemiology, 39(5), 337–349.
- George, L. K., Blazer, D. G., Hughes, D. C., & Fowler, N. (1989). Social support and the outcome of major depression. British Journal of Psychiatry, 154, 478–485.
- WHOQOL Group. (1998). Development of the World Health Organization WHOQOL-BREF quality of life assessment. Psychological Medicine, 28(3), 551–558.