精神障害の早期兆候や症状に気づくことによって、
これらの障害の経過を改善できる可能性は確かにあるが、
実際には、多くの障害において、症状が数か月あるいは数年にわたり検出されないまま進行してしまうのが現実である。
現在の精神病理学的概念化は、性差に関する違いを説明することにもまた十分には成功していない。
たとえば、精神病理学的兆候や症状の**近位的な(proximate)**表現に注目しても、
性ホルモンの存在が認知、感情、行動の違いにどのように寄与し、
それが精神障害の発症率にどのように反映されるかについては、ほとんど何も説明できていない。
たとえば、境界性パーソナリティ障害は、女性においてより高頻度に(あるいは診断されやすく)見られるが、
反社会的人格障害(antisocial personality disorder)は男性においてより頻繁に見られる。
エロトマニア(erotomania: 誰かに恋愛感情を持たれているという妄想)は女性に多いが、
被害妄想(paranoid jealousy: 配偶者などの浮気を確信する妄想)はほぼ例外なく男性に多い。
これらの性差に対する説明は、標準的な精神病理学理論ではうまくなされていない。
さらに、ストレスに対する脆弱性における性差に関しても、
説明はほとんどなされていない。
たとえば、男性は顕著な業績を達成するときに、
精神病理的な問題を発展させることが相対的に少ないかもしれないが、
一方で女性は、対人関係の問題により精神的苦痛を受けやすいことが示唆されている。
つまり、男性は対人ストレスに対して比較的耐性があり、
女性はこれに対してより脆弱である、という傾向がある。
この傾向については、かなり多くの実証的証拠が存在する。
また、現代の精神病理学的概念化は、疾患が明確に分類できるわけではないという現実を、
ますます受け入れつつある。
たとえば、統合失調症と双極性障害との間には、連続体(continuum)が存在する。
(この事実は、クラペリンの時代以来知られている。)
これは、単に「統合失調症」と「双極性障害」という病名の違いだけでなく、
「正常」と「精神病」、「抑うつ」と「不安障害」、
さらには「強迫性障害」と「妄想性障害」の間にも連続性があることを示している。
さらに、併存疾患(comorbid disorders)の診断にも関連する問題がある。
DSMやICDといった理論的根拠のない診断マニュアルでは、
無限に近い数の精神病理学的併存疾患の診断が可能になっている。
たとえば、うつ病、回避性パーソナリティ障害、社会不安障害を持つ個人が存在するかもしれないが、
実際には、統合失調症や双極性障害の初期段階として、
それらがより適切に診断されるべき場合もありうる。
最後に、精神病理学における精神分析学的視点について触れると、
いまだに精神分析に由来する多くの概念(リビドー理論など)が医学部教育で教えられ続けているが、
これらの概念の有効性についてはほとんど実証的証拠がない。
たとえば、すべての行動は学習されうるか、あるいは忘れられうる、
という仮定などがある。
この要約集の目的は、精神病理学における下位領域を区別する努力を促進することである。
なぜなら、患者の診断および治療が、年齢、性別、遺伝的素因、
初期(early)経験、および社会経済的背景を個別に考慮して行われるべきだからである。
このことはまた、精神障害の増加する有病率を理解し、
精神障害発症に対する個別の脆弱性を生じさせる状況を把握するためには、
精神障害の生物学的歴史(biological history)を認識する必要があることも示している。
また、精神病理学的状態の発症を防ぐためには、
我々の種において心理的機構がどのように進化してきたかを理解することも重要である。
世界保健機関(WHO)は、精神病理学に関連するリスク因子と保護因子を特定している。
それらの多くは、我々の種に進化的に組み込まれた脆弱性(vulnerabilities)や、
進化した心理的ニーズ(evolved psychological needs)を反映している。
(表4.1参照)
【※サイドノート】
精神病理学を進化論的観点から考える研究は、
精神障害の有病率だけでなく、
それに関する文化差にも光を当てる助けとなる可能性がある。
(表4.1)
精神障害に対するリスク因子と保護因子
リスク因子 | 保護因子 |
---|---|
学業の失敗および学業意欲の低下 | ストレス対処能力 |
注意欠陥障害 | 困難に直面する能力 |
慢性疾患または認知症患者の介護 | 適応力 |
児童虐待およびネグレクト | 自律性 |
慢性疼痛(慢性痛症候群) | 初期の認知刺激 |
コミュニケーション障害 | 安全感 |
早期妊娠 | 達成感およびコントロール感 |
高齢化 | 良好な養育 |
情緒的未成熟および情動コントロールの障害 | ポジティブな愛着および初期結合 |
物質使用障害 | ポジティブな親子間相互作用 |
攻撃、暴力、トラウマへの曝露 | 問題解決スキル |
家族内の葛藤または家庭崩壊 | 向社会的行動(pro-social behaviour) |
孤独感 | 自尊感 |
低出生体重 | 生活スキル(skills for life) |
社会的スキルの欠如 | ソーシャル・コンフリクト管理スキル |
神経化学的不均衡 | 社会的情緒的成長(socioemotional growth) |
親の精神疾患 | ストレス管理能力 |
親の物質使用障害 | 家族および友人からの社会的支援 |
出産合併症 | |
性格障害 | |
喪失の悲しみ(bereavement) | |
貧困および社会的困窮 | |
読み書き障害 | |
知的障害または身体的障害 | |
社会的孤立 | |
生活上のストレスイベント | |
妊娠中の物質使用 |
(出典)
- 出典元:世界保健機関(WHO)『精神障害予防に関する報告書』(2004)、Box 5, page 23 より転載。