4.2. 心理的適応性における進化的制約


Chapter 4 – Causes of Psychopathology
2. 心理的適応性における進化的制約



私たちがこの章でこれまでに見てきたように、
精神病理学において最も重要な要因の1つは、
ある個人が、祖先集団から受け継いだ行動生物学的遺産と、
現代の環境条件との間の不一致(mismatch)に苦しみやすいかどうか、である。

このような観点から、進化的な遺伝子の制約と、
集団の遺伝子プール内で精神障害を引き起こす遺伝子がどのように維持されているかについての
現代の進化論的説明(Chapter 1参照)が特に重要である。


2. 心理的適応性における進化的制約


臨床家たちは、身体や脳の機能がなぜ問題を起こしうるのか、について、
あまり深く考えずに当然のこととみなしていることがある。

しかし進化論的な観点から見ると、
なぜ身体的な機能不全や精神病理学的状態が存在するのかは、
そこまで単純ではない。


進化的過程の一般的な予測は、
心理的、認知的、情緒的、行動的いずれであれ、
欠陥(disadvantages)が生じれば、それは生存や繁殖の観点から不利であり、
したがって世代を超えて自然淘汰により除去されるべきだ、というものである。

この仮定は、2つの容易に見落とされがちな事実を無視している。


まず第1に、進化による適応(adaptations)は、設計上、完全ではない。

進化による選択は通常、「節約型」(thrifty)プロセスであり、
身体的または心理的な特徴が、必要な機能を果たせるだけで十分であれば、それ以上は最適化されない。

さらに、進化は新しい物理的または精神的特性を無から創り出すことはできない。
新しい適応形質は、既存の構造物(pre-existing structures)の修正を通して進化する。

このような進化の過程は、しばしば「コオプテーション(cooptation)」と誤解されるが、
これは目標指向的な(teleological)あるいは進歩的な発達を意味するものではない。


むしろ、進化は個体の生存および繁殖の可能性を向上させる方向でのみ選択が働くのであり、
「設計最適化」の概念を理解するためには、
霊長類(hominids)における直立歩行(bipedalism)の進化を例に考えるとよい。

直立歩行への進化は、約250万年前にアフリカ南部で発生したと考えられている。

この時期、森林地帯からサバンナのような環境へと変化し、
木がよりまばらになったために、
ヒト祖先は捕食者を避けるために長距離を移動する必要が生じた。


直立歩行には、骨格および神経系の大規模な再構成が必要となった。

たとえば、脊椎は「S字カーブ」を形成するようになったが、
その結果、人体は移動する際に重力中心が変化し、
腰椎と頸椎の間で椎間板が圧迫されやすくなった。

これが、腰椎や頸椎の椎間板ヘルニア(slipped discs)のリスク要因となっている。

つまり、こうした問題は適応的なものではなく、
回避不可能な「最適ではない副産物(suboptimal by-products)」なのである。



同様に、脳の機能にも設計上の制約が存在する。

たとえば、脳サイズと大脳皮質の折り畳み構造(cortical folding)は、
ヒト祖先においてエネルギー関連の問題を引き起こした。

脳の大型化には、高タンパク質の食事量を増やす必要があり、
これに伴って腸のサイズを小さくし、
未熟な状態での出産(早産)を可能にする必要が生じた。

そのため、大きな脳を持つヒトは、長時間にわたる冷却機能(熱放散機構)も必要とした。


しかし、これには多数の妥協が伴った。
脳は、頭部外傷(head trauma)や脳浮腫(brain swelling)に対して非常に脆弱である。

また、大脳新皮質(neocortex)と脳幹(brainstem)との間の距離が長くなったため、
情報伝達に時間がかかるという問題も生じた。

さらに、脳幹や中脳(midbrain)からの情報が、大脳皮質を経由して伝わる必要があるため、
損傷が生じた場合には、情報処理の深刻な障害につながる。

(この点についてはChapter 2でも詳細に説明されている。)


心理的メカニズムの設計上の制約に関する問題の一つは、
刺激に対する反応閾値のばらつきである。

特に防衛メカニズム(defence mechanisms)においては、
危険な刺激を感知し、それに応じて行動するために、
進化は「コストが低い方に傾く(bias toward low-cost errors)」傾向がある。

たとえば、内部的な恐怖信号(fear signals)を生じさせるシステムは、
実際の脅威でないものに対しても過剰に反応する傾向がある。


これは、脅威に気づかず無反応でいるよりも、
誤って警戒反応を示す方が、
生存において有利だからである。

つまり、「過剰警戒(hypervigilance)」はコストが低く、
逆に「過小警戒(under-reaction)」はコストが高いのである。


一方で、過剰な警戒状態は恒常的なものではない。
たとえば、近位的メカニズム(proximate mechanisms)には、
エピジェネティックな変化(epigenetic changes)やストレスホルモン(cortisol)の分泌が関与している。

視床下部-下垂体-副腎系(hypothalamic-pituitary-adrenal axis: HPA axis)の変動も関係している。

たとえば、心拍数の上昇(tachycardia)や肺の損傷リスクの増加などが挙げられる。


恐怖反応(fear reactions)は、進化の過程で重要な役割を果たしてきた。
たとえば、ヘビやクモ、高所、奇妙な顔などに対する恐怖は、
現代においても自動車事故や肥満、放射能といった新しい脅威よりも、
はるかに強く感知されやすい。

これは、「煙探知器の原理(smoke detector principle)」に例えられることがある。
(すなわち、誤警報のコストは、見逃しのコストに比べて小さい。)


しかし、この恐怖閾値には個人差があり、
また環境条件によっても影響を受ける。

たとえば、暗闇を一人で歩いている場合と、
友人と一緒にいる場合とでは、恐怖反応の強さは異なるだろう。

このように、安全感と社会的接触は、
環境条件や親密さの度合いに応じて恐怖閾値を調節する役割を果たしている。


【※サイドノート】


防衛メカニズム(たとえば、恐怖および不安反応)は、
危険な刺激を感知するために発達してきた。

現代の脅威に対しては、古い恐怖反応メカニズムが不適応的に働くこともある。

頻繁な恐怖反応および過覚醒(hypervigilance)は、
HPA軸の慢性活性化によってもたらされうる。


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