Chapter 4: 精神病理の原因(Causes of Psychopathology)
1. 序論(Introductory Remarks)
■ 精神病理の原因に対する複数のアプローチ
- 精神疾患の原因は、互いに補完し合うさまざまな角度から探ることができる。
- 伝統的なアプローチでは、
- 遺伝的素因(先天的リスク)
- 幼少期のトラウマ体験
- 脳損傷や老化 などを重視する傾向があった。
- 伝統的なアプローチでは、
- これらは正しいが、現代ではより多角的・統合的な理解が求められている。
■ 近年の進展
- 過去20年で、精神病理の原因に関する知識は飛躍的に向上した。主な要因は:
- 精神遺伝学の進展
- 脳画像技術の発展
- 幼少期逆境体験と精神病理発症との関係理解の深化
- それにより、精神疾患の「原因モデル」も、
より臨床精神医学と実験神経科学の両面に有用な形へと発展しつつある。
■ 現代精神医学の課題
- しかしながら、依然として解決されていない問題も多い。
- 特に、
- 精神医学内部のサブ専門分野間の交流不足 が問題となっている。
- (例:遺伝学×神経科学×心理学×文化間精神医学)
- このため、遺伝子・神経科学と臨床精神医学の間には、
- 理論的な共通基盤の乏しさ が残っている。
■ 精神病理研究における2つの大きな枠組み
- 生物学的(biological):脳や遺伝子の異常を原因とみなす。
- 心理学的(psychological):発達歴や社会的・心理的プロセスに着目。
- 最近になって、ようやくこの両者の対話が進み始めた。
■ 精神病理学における「適応的機能」と「機能障害」の視点
- 科学的精神病理学は、病態の**近位原因(メカニズム)**だけでなく、
- 適応的機能(adaptive function)
- 進化的起源(phylogeny) にまで踏み込むべきだという議論がある。
- これは、
- 「なぜ(why)その機能が存在するのか」
- 「その機能がどのようにして障害されるのか」 を問う視点である。
- このフレームワークは、ニコラス・ティンバーゲン(Nikolaas Tinbergen)による4つの問い
(発生・機構・機能・進化)に基づいている。- つまり、精神病理現象も単なる異常ではなく、 本来は進化的な適応価値を持っていた可能性がある、という考え方。
文中の斜体部分まとめ
- ポイント1
“Psychiatric genetics, neuroscience, animal models of psychiatric disorders…”
→ 精神遺伝学、神経科学、動物モデルは精神疾患の原因を理解する上で重要。 - ポイント2
“A four measures framework is advocated…”
→ ティンバーゲンの「四つの問い」に基づく統合的な理解が求められている。
この章はここから、
- 精神疾患がなぜ進化的に「コストを払ってでも残った」のか
- 現代社会での「適応のミスマッチ」
といった深いテーマに入る。