深い傾聴とは何か――チューニングされた傾聴の世界へ
「聴くこと」の意味を見直す
誰かの話を「聴く」とは、一体どういうことでしょうか?
単に話の内容を理解することだけが「聴く」ことなのでしょうか?
精神療法の世界では、それ以上の「深く聴く」という営みが存在します。
深く聴くということ
まずは、反射的傾聴というスキルから始めます。
これは、相手の話を一文か二文聴いたあとに、「あなたは本当に○○したかったのですね」「そのことでとても不安を感じているのですね」と、相手の気持ちを言葉で返す訓練です。
これは大切な第一歩ですが、まだ「深く聴く」という状態の入り口にすぎません。
「調律(チューニング)」としての傾聴
精神力動的療法では、聴くことは「調律(チューニング)」の一部と捉えます。
この「調律」という考え方は、元々は赤ちゃんと母親との関係を研究する中で生まれました。
赤ちゃんが泣いたり表情を変えたりして何かを伝えようとすると、母親がそれを感じ取り、適切なかたちで応答します。
これがうまくいくと、赤ちゃんは「わかってもらえた」と感じ、安心するのです。
この過程には三つの段階があります:
- 信号の送信(赤ちゃんが何かを伝えようとする)
- 信号の受信・解釈(母親がそれを感じ取る)
- 信号への応答(母親が応える)
応答には、必ず母親自身の感情や経験が関与します。つまり、「自分自身を通して」相手に応えるのです。
言葉の外側で聴く
このような傾聴は、日常的な「いい聞き手」になることとは質的に異なります。
調律された傾聴は、言葉の外で行われます。
言語の背後にある感情、願い、存在の状態――そうしたものを感じ取り、受け止めようとするのです。
それは赤ちゃんと母親の関係に限らず、深く他者に耳を傾けることのできる人すべてに可能な行為です。
高次元の傾聴
「深く聴く」とは、まるで自分自身の全身をアンテナにして、相手の波長に合わせようとするようなものです。
それには、まず自分の内側を静かにする必要があります。
焦りや不安から自分を落ち着かせ、「今ここ」に意識を集中させるのです。
単なる「耳を傾けること」以上の行為がそこにあります。
二重のチャンネルで聴く
深く調律された聴き手は、同時に二つのチャンネルで聴いています。
- 相手が実際に言っている言葉
- 相手の感情や状態が、言葉を介さずに発信している「もう一つの無言のチャンネル」
たとえば、ある人が「来学期の学費が心配」と言ったとき、言葉の意味を理解するだけでなく、その言葉に宿る不安、絶望感、希望のなさなどを「身体で」感じ取ることが求められます。
脳の三層で聴く
このような聴き方は、私たちの脳の三層にまたがる働きでもあります:
- 思考のレベル(前頭葉など)
- 感情のレベル(辺縁系など)
- 身体的反応のレベル(脳幹、自律神経系)
本当に相手を理解しようとするとき、私たちは思考だけでなく、感情や身体感覚のレベルでも聴いているのです。
ステレオで聴く
調律された傾聴は、自分自身の中にも「耳を傾ける」ことを含みます。
それは、自分の身体感覚や感情の動きを絶えずスキャンしながら、同時に相手に注意を向けることです。
このような聴き方は、言ってみれば「ステレオ」のようなものです。
- 一方のチャンネルは相手の物語
- もう一方は自分の内部チェック
この二つのチャンネルを同時に開いておくことが、深い傾聴の本質です。
最後に
調律された傾聴とは、**「自分を保ちながら、相手と深くつながる」**という営みです。
それは、他者の存在の「深み」に触れることでもあり、自分自身の「深み」とも向き合う作業です。
深く聴くということは、技術というよりも、一つの生き方に近いのかもしれません。