臨床現場で使用可能な形で整理した DIT(動的対人療法)日本語簡易マニュアル(全16セッション構造) 。
精神科臨床家や心理士が用いることを想定し、構造、目的、技法、留意点を明記。
📘 DIT(動的対人療法)日本語簡易マニュアル
出典:Lemma, Target, & Fonagy (2012) に基づく
🔷 治療の基本枠組み
項目 | 内容 |
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目的 | 抑うつ・不安の根底にある「繰り返される対人関係パターン(IPAF)」を意識化し、変容を促す |
回数 | 全16セッション(週1回、各50分) |
方法 | 半構造化精神力動的療法(短期)、焦点を絞った対人主題への介入 |
対象 | 軽〜中等度のうつ病、不安障害、対人困難を持つ成人(人格構造の安定した人) |
フォーカス | 繰り返される対人関係パターン(IPAF:Interpersonal Affective Focus) |
🔶 治療の三段階と各セッションの概要
🔹【第1段階】評価とフォーカス形成(セッション1〜3)
セッション | 主な内容 | 技法と留意点 |
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1 | 治療枠の設定、症状の確認、協働的雰囲気づくり | 共感・安心感の提供。「ここで何を話してもいい」空間を明示 |
2 | 生育歴・関係史・対人関係上の繰り返しパターンの探索 | 「いつも◯◯のように感じる」「関係がこうなると…」などの語りに注目 |
3 | IPAF(対人情動フォーカス)の仮定式化・共有 | 例:「他者に頼ると、失望・拒絶されると感じる → 感情を抑える → 孤立」 |
🔹【第2段階】中期治療(セッション4〜14)
セッション | 主な内容 | 技法と留意点 |
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4〜14 | 現在の人間関係と「ここ・いま(転移関係)」におけるIPAFの再現と気づき | 反復される認知・感情・行動パターンを、共感的に言語化する例:「他者の反応を恐れて、◯◯さんは気持ちを抑えていますね」 |
| 治療関係における気づきも促す(転移の活用) | 明確な解釈ではなく「やわらかな気づき」を促すフィードバックが中心 |
| 感情処理(表現・耐性・意味づけ) | 特に「怒り・羞恥・孤独」などに注意し、抑圧されやすい情動の探索 |
🔹【第3段階】終結(セッション15〜16)
セッション | 主な内容 | 技法と留意点 |
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15 | 終結の準備。変化の振り返り、残された課題の確認 | 「以前ならこうだったが、今はどう対応しているか」に焦点を当てる |
16 | 治療の統合と別れの処理 | IPAFに変化があったかを確認。終結そのものに対する反応を扱う(別れの再演) |
🔷 IPAF(繰り返される対人関係の情動パターン)の例
パターン | 感情 | 行動 | 結果 |
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他者に頼ると拒絶される | 恐れ、羞恥 | 感情を抑える、自己犠牲 | 孤立、無力感、抑うつ |
批判されることへの過敏さ | 恥、怒り | 回避、攻撃、自己否定 | 疎外感、関係破綻 |
愛されるために自己を偽る | 不安、罪悪感 | 過適応、自己否定 | 空虚感、疲労感 |
🔷 セラピストの基本姿勢
- 共感的中立性:一方的な解釈ではなく、クライアントの語りに寄り添う。
- 転移を活かすが過度に深掘りしない:16回という時間枠を意識する。
- 「焦点化された気づき」の繰り返し:毎回のセッションで小さな「気づき」を確認・言語化。
🔷 推奨される使用場面
- 中等度のうつ・不安で、明確な対人困難がみられるケース
- 反復的な失敗や人間関係の問題が、本人にとって「なぜかわからない」ものとしてあるとき
- 自己理解への意欲があり、16回という構造に耐えられる患者
🔷 留意点・禁忌
状況 | 対応 |
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境界性パーソナリティ障害など情緒調整困難 | 他の長期力動療法が適切。DITは不適切。 |
自殺リスクが高い場合 | 安定化を優先し、DITは慎重に適応判断を。 |
重度の認知障害、精神病症状 | DITは基本的に不適応。 |
📝 参考文献
- Lemma, A., Target, M., & Fonagy, P. (2012). Dynamic Interpersonal Therapy: A clinician’s guide. Oxford University Press.
- Lemma, A. (2016). Introduction to the Practice of Psychoanalytic Psychotherapy(補足的に技法理解に有用)