動的対人療法(Dynamic Interpersonal Therapy: DIT)は、うつ病や不安症状を対象とした短期の精神力動的心理療法であり、British National Health Service(NHS)での実用性を考慮して開発されました。主に精神分析的/対人関係理論に基づき、特にうつ病の背景にある対人関係のパターンに焦点を当てることを特徴とします。
🔹 概要
- 開発者:Lemma, Target, & Fonagy(2012)
- 対象:主にうつ病、不安障害
- 期間:16回の個人セッション(週1回)
- 理論的背景:
- 精神分析的精神療法(特に関係論)
- メラニー・クライン、フェアバーン、ボウルビィらの影響
- アタッチメント理論やメンタライゼーション理論の要素も含む
🔹 中核概念:対人関係のパターン
DITでは、患者の繰り返される対人関係のパターン(対人関係パターン:IPPs)に注目します。特に「不適応的な対人関係のテーマ(Interpersonal Affective Focus:IPAF)」を特定することが治療の中心となります。
IPAFの例:
- 他人に拒絶されることへの恐れから自ら関係を断つ
- 助けを求めると見捨てられるという無意識的な信念
- 過度に自己犠牲的で怒りを表現できない
🔹 治療の構造と流れ
1. 評価・フォーカスの設定(セッション1~3)
- 現在の症状・問題を把握
- 重要な対人関係のエピソードを探る
- 反復される対人関係パターン(IPAF)を明確化
2. 治療の中核:パターンの理解と修正(セッション4~14)
- IPAFが治療関係(転移-逆転移)にも現れることを利用しつつ、
- より柔軟な関係の取り方を模索
- 自己と他者への理解を深め、関係性の改善を目指す
3. 終結と統合(セッション15~16)
- 学んだことの統合
- 変化した点と課題を振り返る
- 将来への計画と再発予防の検討
🔹 DITの特徴と意義
特徴 | 内容 |
---|---|
時間制限あり | 16回という明確な枠組みで行われる |
症状への焦点 | うつ・不安に伴う対人関係の困難に特化 |
精神力動的要素 | 転移・防衛・無意識の葛藤を扱う |
フォーカスの設定 | 明確な「対人関係のパターン」に焦点化する |
NHSでの導入 | IAPT(Improving Access to Psychological Therapies)プログラムで公式に用いられる |
🔹 研究とエビデンス
- Lemmaらの研究では、DITはうつ病に対してCBTと同等の効果を示すとされており、エビデンスに基づく治療として認知されています。
- 軽~中等度のうつ病だけでなく、**対人関係に顕著なパターンをもつ症例(回避性、境界性など)**にも適用可能とされています。
🔹 関連理論との関係
関連理論 | DITへの影響 |
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対人関係療法(IPT) | 時間制限、対人関係への焦点などの構造面 |
精神分析的心理療法 | 転移・逆転移、無意識のパターンへの注目 |
メンタライゼーション | 自他の心理状態への洞察力の育成 |
🔹 推奨文献
- Lemma, A., Target, M., & Fonagy, P. (2012). Dynamic Interpersonal Therapy: A clinician’s guide. Oxford University Press.
- Lemma, A. et al. (2011). “Brief dynamic interpersonal therapy for depression: A clinician’s guide.” Advances in Psychiatric Treatment, 17(4), 316–325.
- British Psychological Society, NHSなどによる実施マニュアル(IAPTトレーニング資料)