「Hopelessness Theory of Depression(絶望理論)」は、うつ病の発症メカニズムを説明するために提案された心理学的理論で、特に認知的要因に焦点を当てています。この理論は、アメリカの心理学者 Lyn Abramson、Lauren Alloy、Gerald Metalsky らによって1989年に発表されました。
◆ 概要:Hopelessness Theory of Depression(絶望理論)とは
中核的主張:
「ある種の認知スタイル(特定の出来事の捉え方)をもつ人が、否定的な出来事に直面すると“絶望感”を抱き、それがうつ病の発症を引き起こす」
◆ 背景理論:帰属理論との関係
Hopelessness Theoryは、**Seligmanの「学習性無力感理論」**や、**Weinerの帰属理論(Attribution Theory)**の影響を強く受けています。
- 帰属スタイルとは、人が出来事の原因をどう解釈するかという傾向のこと。
- 例えば、悪い出来事を以下のように捉える人はリスクが高いとされます:
帰属の次元 | 内容 | 悪い帰属スタイルの例 |
---|---|---|
内的 vs 外的 | 自分のせいか、他人のせいか | 「自分が無能だからだ」 |
安定 vs 不安定 | 状況が変わるかどうか | 「これからもずっとうまくいかない」 |
全体的 vs 特異的 | 他の領域にも波及するか | 「自分の人生すべてがダメなんだ」 |
◆ 理論の構成要素
1. ネガティブな出来事
- 例えば失恋、失業、病気、失敗など。
- これは引き金にすぎず、うつ病を直接的に引き起こすわけではない。
2. ネガティブな推論スタイル(negative inferential style)
- 出来事の原因や意味、将来への影響について以下のように悲観的に推論する傾向:
推論の種類 | 内容 | 例 |
---|---|---|
原因についての推論 | 悪いことは「自分のせい(内的)」「ずっと変わらない(安定)」「すべてに影響する(全体的)」 | 「私はダメな人間だから」 |
結果についての推論 | この出来事は「もっと悪いことを引き起こす」 | 「これで将来のチャンスもなくなる」 |
自己に関する推論 | 「自分は無価値だ」「愛されない人間だ」など | 「やっぱり私は誰にも必要とされてない」 |
3. 絶望感(Hopelessness)
- 将来に対してポジティブな期待を持てない状態。
- 「何をやっても無駄」「よくなるはずがない」という感情的・認知的状態。
4. Hopelessness Depression(絶望型うつ病)
- 絶望感を核とした特定のうつ病サブタイプとされる。
- 主な特徴:
- 自信の喪失
- 活動の停止
- 自己非難
- モチベーションの欠如
- 自殺念慮
◆ 臨床的意義
- **認知療法(CBT)**との親和性が高く、悲観的な帰属スタイルを修正する介入が有効とされる。
- リスク評価として、以下のような人々がうつに陥りやすいと理解できる:
- 成績や人間関係で失敗を「自己全体の欠陥」とみなす人
- 将来に改善の余地を見いだせない人
- 自己無価値感が強い人
◆ 他理論との違い
理論名 | うつ病の主因 | 特徴 |
---|---|---|
学習性無力感理論(Seligman) | 繰り返される制御不能なストレス | 動物実験に基づく、行動停止の理論 |
Beckの認知理論 | 認知の歪み(自動思考) | 「認知の三徴」:自己・世界・未来の否定的思考 |
Hopelessness Theory | 認知スタイル+ネガティブ出来事 → 絶望感 | 帰属理論と学習性無力感理論の統合的応用 |
◆ 研究・実証
- 1989年の発表以降、多くの縦断研究がこのモデルを支持。
- 特に、認知スタイルがうつ病エピソードの**「前兆」**として機能することが示されている。
- ただし、個人差が大きく、「絶望感」が常にすべてのうつ病に見られるわけではない点に留意が必要。
◆ 要約
Hopelessness Theoryは、「否定的な出来事が絶望感を引き起こし、それがうつ病を発症させる」という認知モデルです。この絶望感は、特定の悲観的な推論スタイルを持つ人に特に強く生じ、治療と予防のターゲットとしても重要な要素となります。