コンパッション-2

以下に、「コンパッションの定義の比較」と「仏教 vs 心理学におけるコンパッションの対比」を表形式でまとめました。


🔶 1. コンパッションの定義比較(主要な研究者・立場別)

定義者・立場定義の要点特徴・要素
ギルバート他者や自己の苦しみに感受性を持ち、それを和らげ・予防しようとするコミットメント感情ではなく動機に注目。進化論的・機能的モデルに基づく
Jazaieriら(2013)① 苦しみの認識② 情動的な動揺③ 緩和したい意図④ 援助への応答性認知・感情・意図・行動の4つの側面
ポール・エクマン共感的、行動的、懸念的、願望的という4つの次元から構成される感情体験・行動・認知的欲求に注目
Neff(自己コンパッション)苦しみへの気づき・共通の人間性・共感・受容・行動自己批判への対応としての自己への親切さを強調
Free Dictionary(一般辞典)苦しみに対する深い認識と、和らげたいという願い「感情」よりも認知と動機に焦点を置く
オックスフォード辞典苦しみに対する哀れみと懸念「哀れみ(pity)」の含意が強く、議論を呼ぶことも

🔷 2. 仏教 vs 心理学におけるコンパッションの対比

視点仏教的アプローチ現代心理学的アプローチ
定義苦しみの普遍性と無常性に基づく「慈悲の心」苦しみに対する感情・認知・行動の応答
中核的要素慈愛(metta)とコンパッション(karuna)の区別。すべての存在に向けた願い苦しみの認識 → 感情的反応 → 緩和への行動
倫理的背景菩提心、六波羅蜜(布施・忍辱など)に裏付けられる実践利他性、援助行動、共感性、ウェルビーイングとの関連
感情との関係感情よりも意志と洞察に重きを置く感情(悲しみ、怒りなど)を含む複雑な状態として捉える
対象友人・敵・すべての生命に平等に向ける通常は他者あるいは自己(自己コンパッション)
動機づけ苦しみからの「解放を願う」心の方向性(願)苦しみに応答しようとする「行動の源」

この表は、コンパッションという概念がいかに多様で、背景によって意味が変容するかを示しています。

慈愛(mettā)とコンパッション(karuṇā)は、ともに仏教の「四無量心(brahmavihāra)」の一部であり、他者への肯定的感情を表しますが、その対象とニュアンスが異なります。以下に詳しく解説します。


🔹 四無量心の中の位置づけ

名称パーリ語意味
慈愛mettā(メッター)「すべての存在に対する、無条件の友愛・善意」
悲(コンパッション)karuṇā(カルナー)「苦しむ存在に対する、苦しみを和らげたいという心」
muditā他者の幸福を喜ぶ心(共感的喜び)
upekkhā偏りなき平静、無執着の智慧的なまなざし

🧭 核心的な違い

観点mettā(慈愛)karuṇā(悲・コンパッション)
対象すべての存在(幸福な人、苦しむ人、敵などを含む)主に「苦しんでいる存在」
感情の方向性幸せであってほしいと願う苦しみを取り除きたいと願う
動機無条件の善意・友情共感から生まれる痛みの共有
感情の特徴穏やか・温かい・開かれた深く心を動かされ、ケアしようとする衝動
比喩的に言うと「太陽のように、すべてを照らす光」「苦しむ人にそっと寄り添う手」

🔍 具体例での違い

  • 子どもが楽しそうに遊んでいるのを見て「幸せでいてほしいな」と思う → mettā
  • 同じ子が転んで泣いているのを見て「痛いね、助けたい」と感じる → karuṇā

🧘‍♂️ 瞑想実践における違い

実践法内容
慈愛の瞑想(mettā bhāvanā)「〜が幸せでありますように」と様々な存在に対して送る練習。敵や中立の人にも広げる。
悲の瞑想(karuṇā bhāvanā)「〜の苦しみが和らぎますように」と苦しむ存在に対して送る。

💡 重要な補足

  • **karuṇā(悲)は、苦しみへの共感からくる感情なので、放っておくと共苦(empathic distress)**になって燃え尽きることがあります。
  • そのため仏教では、karuṇāはmettāによって支えられる必要があるとされます。

📖 ヨーガや西洋心理学における対応関係

仏教用語サンスクリット/パーリ西洋での近似概念
慈(mettā)maitri / mettāloving-kindness(慈しみの愛)
悲(karuṇā)karuṇācompassion(共苦を伴う慈悲)

🧠 現代心理療法との関連

  • MBCTやMBSRなどのマインドフルネス療法では、karuṇā=コンパッションの育成が重視されています。
  • **Self-compassion(自己への慈悲)**という考えは、mettāとkaruṇāが自己にも向けられる形と見ることができます。

✅ まとめ:一言で違いを表すなら…

mettā(慈愛):誰にでも平等に「幸せであってほしい」と願う、広がる光
karuṇā(悲・コンパッション):苦しむ存在に向けられる「共に痛み、助けたい」という心


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