彼らのアプローチも、ヘイヴンズと同様に「多元主義(Pluralism)」に分類されます。彼らは、精神医学の複雑な現象を理解し、治療するためには、単一の視点では不十分であり、複数の異なる視点(パースペクティブ)を使い分ける必要があると主張しました。
1. マキューとスレイヴニーが批判したもの
彼らは特に、当時から現在に至るまで影響力を持つ「生物心理社会モデル」を批判しました。その批判の要点は以下の通りです。
- 過度に広範で、指針を与えない: このモデルは「生物・心理・社会のすべてが重要だ」と言うだけで、具体的に「いつ、どの要素を、どれくらい重視すべきか」という指針を全く提供しません。
- 「レシピ」ではなく「材料のリスト」: 彼らは生物心理社会モデルを、料理における「材料のリスト」に例えました。美味しい料理を作るには、材料を知っているだけでは不十分で、それぞれの分量や調理の順番といった「レシピ」が必要です。生物心理社会モデルには、この「レシピ」が欠けているため、臨床家は結局、自分の好きなように(=折衷主義的に)行動する言い訳になってしまう、と批判しました。
2. 彼らの代替案:4つのパースペクティブ
マキューとスレイヴニーは、生物心理社会モデルに代わる、より実践的で明確な枠組みとして、以下の4つのパースペクティブを提唱しました。臨床家は、患者が抱える問題を理解する際に、これらの視点を意識的に使い分けるべきだと考えたのです。
① 疾患 (Disease) パースペクティブ
- 問い: 患者が「持っている」のは何か? (What the patient has?)
- 目標: 治癒(Cure)
- 考え方:
- これは伝統的な医学モデルであり、ヘイヴンズの「客観記述的学派」とほぼ同じです。
- 症状や徴候から、特定の「疾患」(例:統合失調症、双極性障害、アルツハイマー病)を特定しようとします。
- 知識の形態は「範疇的(Categorical)」です。つまり、その疾患を「持っている」か「持っていないか」のどちらかであり、程度の問題ではありません。
- 治療は、その疾患の生物学的な原因に働きかける薬物療法などが中心となります。
② 次元 (Dimension) パースペクティブ
- 問い: 患者は「どのような人」か? (What the patient is?)
- 目標: カウンセリング(Counseling)
- 考え方:
- これは、病気そのものではなく、その人の性格特性や気質に焦点を当てます。
- 知識の形態は「連続的(Continuous)」または「次元的(Dimensional)」です。例えば、「内向性」や「神経質傾向」といった特性は、誰もがある程度持っており、「持っているか否か」ではなく「どの程度持っているか」が問題になります。
- 治療の目的は、これらの特性を完全に変えることではなく、患者が自分の特性を理解し、それとうまく付き合っていく方法を見つける手助けをすることです。これはヘイヴンズの「実存主義学派」のアプローチと重なる部分があります。
③ 行動 (Behavior) パースペクティブ
- 問い: 患者が「している」のは何か? (What the patient does?)
- 目標: 再教育(Reeducation)
- 考え方:
- これは、患者の特定の「行動」(例:過食、強迫的な手洗い、回避行動)に焦点を当てます。
- これらの行動は、誤った学習によって身についた習慣や癖と見なされます。
- 治療の目標は、患者が自分の行動をコントロールし、より適応的な行動に変えるための新しい方法を学ぶ「再教育」です。認知行動療法(CBT)などがこのパースペクティブの代表的なアプローチです。
④ ライフストーリー (Life Story) パースペクティブ
- 問い: 患者が「望んでいる」のは何か? (What the patient wants?)
- 目標: 人生の脚本の書き直し(Rescripting)
- 考え方:
- これは、患者の人生の物語、つまり、その人が自分の人生をどのように解釈し、何を目標とし、何を望んでいるかに焦点を当てます。
- この視点は未来志向です。過去がどうであったかという客観的な事実よりも、これからどうなりたいかという主観的な意味や理想が重要になります。
- 治療の目標は、患者が困難な状況に意味を見出し、自分の人生の物語をより希望に満ちたものに書き直す手助けをすることです。これは解釈学的(hermeneutic)なアプローチであり、ヘイヴンズの「実存主義学派」と共通する点があります。
まとめ:マキューとスレイヴニーのアプローチの核心
彼らのアプローチの核心は、以下の点にあります。
- 明確な分析ツール: 「生物・心理・社会」という漠然とした分類ではなく、「疾患・次元・行動・ライフストーリー」という4つの具体的で実践的な視点を提供することで、臨床家が患者の問題をより構造的に分析できるようにしました。
- 多元主義の実践: 患者が抱える問題は、これら4つのパースペクティブのどれか一つだけで説明できるとは限りません。例えば、あるうつ病患者は、「疾患」(双極性障害)の側面と、「次元」(悲観的な性格傾向)の側面、そして「ライフストーリー」(失業による希望の喪失)の側面を併せ持っているかもしれません。臨床家は、これらの視点を柔軟に組み合わせることで、患者を多角的に理解し、包括的な治療計画を立てることが求められます。
- 経験的検証の可能性: 特に「範疇的(疾患)」と「次元的(性格など)」という知識の形態の区別は、その後の精神医学研究において、どの障害がカテゴリーとして、どの障害がスペクトラム(次元)として捉えるべきか、という経験的な議論につながる重要な視点を提供しました。
結論として、マキューとスレイヴニーの「精神医学のパースペクティブ」は、生物心理社会モデルの曖昧さを克服し、臨床家が思考を整理し、患者をより深く多角的に理解するための、非常に有用で実践的な多元主義的フレームワークを提示したと言えます。