「SNSが発達しコミュニケーションが楽になった」「コンプラ意識が高まってハラスメントは減った」。格段に生きやすくなったはずの現代ですが、目まぐるしい日々に疲弊し、生きづらさを覚える人は増えているように感じます。
「答えのない時代」と言われることが、今ほど盛んな時代はないかもしれません。テクノロジーが暮らしを便利にする一方で、変化のスピードはますます加速し、未来を見通すことが難しくなっています。
①戸谷洋志『Jポップで考える哲学 自分を問い直すための15曲』(講談社文庫)
著者の戸谷洋志さんは、『親ガチャの哲学』『SNSの哲学』『恋愛の哲学』『原子力の哲学』『友情を哲学する』など、様々な切り口からの入門書を執筆されている哲学研究者です。
この本は「自己」「恋愛」「時間」「死」「人生」という章立てになっており、各々のテーマに対して哲学者の議論を引き合いに出しながら新しい見方を提示してくれています。哲学というと「ソクラテスが〜」「プラトンが〜」といったイメージを持たれる方も多いと思いますが、この本は哲学者を時系列に並べたような思想史入門とは全く異なるスタイルの哲学入門書になっています。
②山口周『武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50』(角川文庫)
哲学に「使える」というイメージを持っている方は少ないかもしれませんが、この本ではビジネスの現場で使える哲学・思想のコンセプトが50個紹介されています。
著者の山口周さんは言わずと知れた著作家で、ご自身の経営コンサルの経験をもとにビジネスパーソンが知っておくべきコンセプトをまとめてくれています。『Jポップで考える哲学』と同じく、この本も定番の思想史入門とは全く異なるアプローチの哲学入門書になっているのが特徴で、心理学的なコンセプトも取り上げられているのが面白いところです。
もちろん哲学の醍醐味は「使える」ことだけにとどまりませんが、「こんな見方もあるのか!」という新たな発見を得られる1冊だと思います。
③平野啓一郎『私とは何か ――「個人」から「分人」へ』(講談社現代新書)
「私とは何か?」というのは哲学における重要な問いの1つですが、自分がどんな人間なのか分からなくなったり「本当の自分」探しに苦しんだりした経験をお持ちの方は多いのではないでしょうか。
作家の平野啓一郎さんは、そうした「本当の自分」「自分らしさ」探しの風潮に抗って、「人間は唯一無二の個人(individual)ではなく、複数の分人(dividual)である」という新たな人間像をこの本の中で提示しています。
哲学入門書というよりはエッセイに近い本ですが、三省堂の国語教科書にも採用された名著です。昨年には『自分とか、ないから。』(しんめいP著/サンクチュアリ出版)という東洋思想の入門書がベストセラーになりましたが、その背景には多くの人が「本当の自分」「自分らしさ」を追い求め、疲弊していることがあると考えられます。
「あなたはどのような人間なのか?」という開示を求められる機会は人生の様々な局面で生じますし、近年はそうした機会に直面する時期が以前より早まっている気がします。「自分らしさ」探しに伴う生きづらさが増している時代だからこそ、「複数の自己を受け入れる」という平野さんの考えがひとつの処方箋になり得るのではないでしょうか。
④勅使川原真衣『働くということ 「能力主義」を超えて』(集英社新書)
「なぜ人は働くのか?」というのも哲学における重要な問いの1つですが、「他者と働く」という営みも生きづらさに結びつきやすいものです。
著者の勅使川原真衣さんは、働くことに伴う生きづらさの原因を能力主義に求め、教育社会学と組織開発の視点から能力主義を批判しています。そのうえで、「能力による選抜」によらず関係性の中で組織開発を進めていく方向性をこの本の中で提示しています。
なぜ私たちは、「能力」が足りないのではと煽られ、自責の念に駆られてしまうのでしょうか? 日頃から忙しく働いている中では、なかなかこうした問いを立ち止まって考える余裕がないと思います。
能力と選抜という今の社会の大前提を一度取り払って考えてみることで、働くことへの希望が少し持てるようになる1冊だと思います。
⑤仲谷鳰『やがて君になる』(KADOKAWA)
最後に、これまでの本とは違った角度から漫画を紹介したいと思います。
この作品は高校の生徒会を舞台とした学園もので、誰のことも特別に思えない少女と、自分自身のことが嫌いなために他人からの好意を受け入れられない少女の2人を軸に展開していきます。
自己理解や他者理解、恋愛、役割演技といった人間関係にまつわるテーマが高い解像度で描かれており、文学性の高い作品です。