買春が犯罪になったフランス 買う側の責任 買春処罰法

買春が犯罪になったフランス 猛反発越えめざした「女男平等」の原則
性売買 買う側の責任は

 売春のために客待ちをする女性たちの摘発が相次いでいます。客を「勧誘した」として、売春防止法が売る側を処罰の対象としているためです。一方で買う側に罰則はありません。フランスは2016年に、売る側を非犯罪化し、買う側に罰則を科す「買春処罰法」を成立させました。中心となったのが当時、社会党の国会議員だったモード・オリビエさん(71)です。「買春は暴力であり、『女男平等』(L’egalite entre les femmes et les hommes)の原則を根本から損なうもの」と指摘するオリビエさんに、法律でフランス社会がどのように変わったのか聞きました。

 ――法案提出にいたる経緯を教えてください。

 私は地方議員を経て、2012年に国会議員に選出されました。社会党が政権交代を果たし、オランド大統領が誕生した年です。

 その前年、2人の国会議員が実態調査を行いました。フランスには売春する状況にある人が2万~4万人いるとされますが、その85%が女性であるのに対し、客の99%が男性であり、ジェンダーに大きな偏りがあることがわかりました。支援団体などから話を聞き、売春する人のほとんどが経済面や人間関係などに困難を抱えており、他に収入を得る選択肢のない犠牲者だということもわかりました。

 買春は暴力の一形態であり、女男平等の原則を根本から損なうものです。

 貧困の犠牲者を罰するのではなく、お金と引き換えに性的関係を強要し、他者の人間性を尊重しない人を罰するべきです。そのため、私を含む国民議会(下院)の女性の権利代表団は買春を撲滅する法律を提案することにしたのです。

 ――16年の法律制定までに多くの反対があったと聞いています。

 上院と一部メディアは「客への罰則」について反対しました。これが性を買う人の数を減らすもっとも効果的な方法だということを知っていたからでしょう。

 また「収入が少ない女性たちをより貧困に追い込むことになる」「売買春があるから性的暴行を減らすことができている」「妻がセックスを拒否している場合には売買春が必要ではないか」などとして、「必要悪」だと主張する人もいました。

 こうした考えはすべて間違っています。女性に対する支配、家父長制を揺るがすことになると恐れていたのでしょう。

 ――当事者からも「仕事を奪うな」などの反対があったと聞きました。

 背後で女性たちに反対するよう仕向けているのはあっせん業者です。法成立までには、命の危険を感じたこともありました。私や共に活動する議員のもとに「法律が通ったら拳銃で頭を撃つ」という脅迫の手紙が複数届きました。結局、犯人は逮捕されませんでしたが、売春のあっせん業者だったと考えています。

 当事者の女性たちには、「私はあなたたちにもその娘たちにも、今と違った将来を約束することができる」と伝えました。

 ――買春処罰法で実現したかったことはどのようなことでしょうか。

 売買春と人身売買の根絶です。売買春はすべての人に関係することです。

 家父長制は、経済的、政治的な分野だけでなくセクシュアリティーにも大きな影響を及ぼしています。これまで、男性の性欲には抑えがたい衝動があり、常に満たされなければならないと考えられてきた。そのことが、女性が男性の要求に従うという構造に寄与し、買春を容認することにつながっています。

 こうした性差別的で暴力的な構造は、若い世代にも影響を与えます。互いに関係を築いていくなかで、知らず知らずのうちに男性支配のイメージを刷り込まれていってしまう。女性が「買える性」のままで、女男平等をうたうことにどのような意味があるでしょうか。

 法律は買う側に1500ユーロ(約25万円)の罰金を科し、再犯すると金額は倍に増えます。組織的あっせんには最長20年の懲役と300万ユーロ(約5億円)の罰金が科されます。

 処罰に加え、売春する人が置かれた状況や社会的背景について学ぶ講義を受講しなければなりません。

 また売春する女性への支援も大切です。犯罪者として処罰するのではなく被害者として保護し、売春から抜け出したいと望めば自立のためのサポートを受けられるようにします。

 20年までに支援を受けた395人のうち87・5%が別の仕事につきました。

 ――日本では「パパ活」や「枕営業」など、売る側の積極性ばかりが強調されます。

 現状を変えたくない人の表現ですね。売春する人に「この状況から抜け出したいか」と聞くと9割が「抜け出したい」と答えます。私は性売買は行き過ぎた「新自由主義」の極端な姿だと考えています。新自由主義は規制は少なく、個人がしたいことをしたいようにするべきだという主張ですが、私たちが守るべき本当の「自由」は、他の人の自由や尊厳を侵害しても無制限に許されるものではありません。

 ――日本では性的な広告が街なかにも、インターネット空間にもあふれています。

 「女性は性的な存在である。常に男性を魅了していなければならないし、男性の性的欲求に応えなければならない」という社会の考えの表れでしょう。

 フランスでは広告を所管する当局が「広告表現の自由と消費者の尊重の調整」について規制を設けており、不特定多数を対象とした性的な広告は禁止されています。

 ――今後の課題を教えてください。

 日本を含む多くの国が人身取引に関する国際組織犯罪防止条約(パレルモ条約)を締結しています。条約は、需要を減らすことが売買春あっせんや人身取引との闘いの中心だと指摘しますが、あっせんネットワークは強力で大きな金銭を生み出します。フランスでも根絶されたわけではありません。

 女男平等が実現すれば、女性への暴力の発生率が低くなります。

 私は17年に国会議員を引退しましたが、今も女性の権利に関する団体や政党で活動を続けています。

 法律ができて終わりではなく、継続的な性教育が必要です。他人や自分の身体を尊重し、商品化しないことへの意識を高める教育を続けていかなければなりません。実際に個人の考えや態度、行動が変わるには時間がかかりますから。

モード・オリビエさん略歴
 1953年生まれ。地方議員を経て、2012年にオランド政権下で社会党の国会議員に。16年の買春処罰法成立に尽力した。

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