ヤスパースにおける静的理解(statisches Verstehen)とは、個々の心的現象を、時間的な流れや他の心的現象との因果関係から切り離して、その本質や性質をありのままに記述・把握する方法です。
静的理解は、ヤスパースが初期の精神病理学研究で提唱した「了解心理学」の重要な概念であり、「発生的理解(genetisches Verstehen)」と対をなすものです。
静的理解の主な特徴 現象学的記述: 精神病理学における「現象学」の方法を指します。患者の主観的な体験(主観的症状)について、先入観を持たずに、その特徴を明確にし、分類・記述することに焦点を当てます。
共感的理解: 患者の心的世界に共感的に入り込み、その体験を自分の意識の中で再体験したり、現実化したりすることで、その現象を理解します。
「あるがまま」の把握: たとえば、ある患者が「妄想」を抱いている場合、妄想の内容(妄想内容)そのものを客観的に評価するのではなく、その患者がどのような形でその体験をしているかという、妄想の形式を記述します。
因果的説明からの区別: 静的理解は、ある現象がなぜ生じたのかという因果関係(説明)を追求するものではありません。あくまで現象そのものを詳細に描写する点に限定されます。
以下のように整理できます。
| 区分 | 静的理解(Statisches Verstehen) | 発生的理解(Genetisches Verstehen) |
|---|---|---|
| 対象 | 個々の心的現象、その形式や性質 | 心的現象間の意味的な連関、時間的な推移 |
| 目的 | 現象をありのままに捉え、明確に記述・分類すること | ある心的現象が他の心的現象からどのように意味的に生じてきたかを捉えること |
| 例 | 「幻聴」がどのような形で体験されているかを記述する | 幻聴によって引き起こされた恐怖や不安を理解する |
静的理解の限界
ヤスパースは、この静的・発生的了解の方法によっても、統合失調症などに特徴的な「了解不可能な」心的現象は理解しきれないと考えました。この限界を認識したことが、後に彼が実存哲学へと移行する契機の一つとなったとされています。
