構成主義的精神医学

構成主義的精神医学とは、精神疾患や心理的な問題が、単一の絶対的な「真実」として存在するのではなく、個人や社会の経験、言語、文化、歴史的背景などによって「構成される(作り上げられる)」という視点に立つ精神医学のアプローチです。 

構成主義的精神医学の主な考え方

  • 社会構成主義: 精神疾患や障害の概念は、社会的な相互作用や言説(ディスクール)の中で形成されると見なします。たとえば、ある特定の行動や感情が「正常」か「病理的」かは、時代や文化、社会の規範によって変化すると考えます。ミシェル・フーコーの狂気の歴史に関する研究などがこの考え方の基礎にあります。
  • 心理構成主義: 心理的な問題や感情は、個人の思考パターンや意味づけのプロセスによって作り出されるという立場です。個人の内面でどのように世界を解釈し、意味を構成しているかを探求します。
  • 生物学主義への批判: 精神疾患を、単に脳の器質的・遺伝的な問題に還元しようとする生物学的還元主義的な考え方に対して批判的です。精神疾患の生物学的側面を否定するわけではありませんが、それだけで全体を説明することはできないと主張します。 

構成主義的精神医学のアプローチ

構成主義的な視点を取り入れた精神医学や心理療法では、以下のような実践が行われます。

  • ナラティブ・アプローチ: 患者の語り(ナラティブ)を重視します。患者自身が、自分の人生や問題をどのような物語として語っているかを探求し、その語りを共に再構成することで、問題解決の糸口を見つけ出します。
  • 無知の姿勢(not knowing): セラピストは、患者の問題について絶対的な答えを持っているという立場をとらず、患者の経験や視点を尊重する「無知の姿勢」を大切にします。
  • 文脈の重視: 問題となっている行動や感情が、どのような社会的・文化的文脈の中で生じているのかを深く掘り下げます。 

影響と課題

構成主義的精神医学は、精神医療に人間的な視点をもたらし、患者の主体性や物語を尊重するアプローチとして重要視されています。一方で、精神疾患の実在性や生物学的側面をどのように位置づけるかについては、議論の対象となっています。生物学的な治療と心理社会的なアプローチを統合する試みも行われており、精神疾患への理解を多角的に深める上で、構成主義的な視点は重要な役割を果たしています。 

区分構成主義精神医学従来の医学モデル
問題の捉え方社会・文化・関係性の中で「意味」が作られる個人の内面に存在する「原因」に焦点を当てる
アプローチ対話を通じて「物語」を再構築する原因を特定し、解決を目指す
専門家の役割協働者、共に意味を作る診断・治療の専門家

具体的な例
ある人が「自分は仕事ができない」と悩んでいる場合、構成主義的精神医学は、その「仕事ができない」という認識が、周囲との関係性の中でどのように形成されたのかを問い直します。 そして、その「物語」を、仕事への向き合い方や周囲との関わり方を変えることで、より建設的なものへと変容させることを目指します。

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構成主義
心理的構成主義と社会構成主義の双方に共通する構成主義という認識論のルーツはカントにあります。カントは、「事実は内部にある」というデカルトの合理主義と、「事実は外部に存在する」というロックの経験主義とによる主体と客体の二元論を統合したと評価されている哲学者です。

カントによる構成主義を基に、ピアジェが心理的構成主義として発展させ、ウィトゲンシュタインによる言語論的展開を経てデューイ、ヴィゴツキー、ガーゲンが社会構成主義へと発展させていった、というのが大まかな構成主義をめぐる流れです。

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心理的構成主義
カントの観念論を受け継いでいるのがピアジェの心理的構成主義です。

心理学的構成主義において、人間の知識は、経験から切り離された外界の現実を表したものではないし、外界の現実の忠実なコピーでもありえない。知識の再構成は、一連の絶え間ない内的な構成である。
p.170

内界と外界との相互作用を前提にするのが構成主義です。心理的構成主義においても、内界によって外界における知識を再構成し続けるという認識をとります。

心理学的構成主義において、学ぶことは、主体の環境における混乱に対する同化と調節の過程である。
p.171

その際に認識する主体が主観的に外界を構成する、というように個人の主観に重きが置かれるのが心理的構成主義の特徴です。この点は後で扱う社会構成主義と対比しながら捉えるとわかりやすいでしょう。

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社会構成主義
なお、本論文では社会「的」構成主義と記載されていますが、心理的構成主義と同様に引用箇所以外では「的」を除いた表記としております。

社会的構成主義において、私たちの信念と実践は、私たちの共同体への参加に基づいている。人間の行為の意味は、言語の中で表現される。言語は私的なものではなく、分かち合うものである。したがって、意味は主観的ではなく、間主観的である。
p,171

心理的構成主義では個人の主観によって意味を構成すると捉えているのに対して、社会構成主義では社会や共同体における個人が間主観的に意味を構成すると捉えます。個人は社会や共同体と共にあり、その中で言葉を通じて位置付けられるということです。

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