ギリシャ時代から継続する苦悩

「高市さんはいま、乗りに乗っているという感じで、引っ張っていってくれるし、決断してくれるし、言葉もはっきりしているし、だから私は支持します」と、テレビのインタビューに答える人がいた。

戦後80年、長い目で見れば、政治は一貫して、右へ右へと変化している。
愛国という言葉も、80年前とは少しは違う意味もあるかもしれないが、確実に復活している。
政治の用語はあまり数多くはなく、この程度しかないのかもしれない。
敗戦時に、一気に右派が縮小された。しかし朝鮮半島の戦争、冷戦があり、徐々に復活した。
今は公然と主張を強めている。
国民の共有している気分の部分で変化があったのか。
マスコミが変化したのか。あるいはマスコミが先祖返りしたのか。

国民に、国家主義を押し付ける。戦争を押し付けるという面もある。
対外的な政策の面があるが、しかし、右翼的思想を道具にして、自国の人民を支配する仕組みになっていることが重要だ。
官僚も政治家も、自分の所属する集団の中で生き抜くために必要な装置である。
そして内政の道具として、貴重なのだろう。
一般市民は、支配されるだけの奴隷になる。情報を統制され(たとえばウクライナ戦争)、暴力的に支配され、相互監視体制に組み込まれる。隣人を監視し支配するようになる。そのための家父長制維持である。
そのような息苦しさから解放されたのが80年前の敗戦だったが、歴史の大きな流れは合理性を超越している。

周恩来が、日本国民も、被害者だった表現した。
再び、日本国民はあえて被害者になろうとしている。

人権侵害の前に、増税がある。
次に来るものも予定されている。

権力を維持するためにはそうするしかない力学がある。
良心的にふるまっていては、選挙で負けてしまう。
アメリカに見放されてしまう。(同盟がつぶれてしまう、だからいけない、という判断が総理の口から出ていた。)
どうしたらよいものだろうか。
ギリシャ時代から継続する苦悩である。

アメリカで、マグニダがニューヨーク市長に決まった。ほかにも、左派的な潮流が生まれつつある。
日本にはまだ届いていないが、アメリカの潮流は遅れて日本にも届く。

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