「Symptomatic versus disease-modifying effects of psychiatric drugs(精神科薬における対症療法効果と疾患修飾効果の比較)」

『Acta Psychiatrica Scandinavica』誌に2022年に掲載された論文「Symptomatic versus disease-modifying effects of psychiatric drugs(精神科薬における対症療法効果と疾患修飾効果の比較)」は、現代の精神医学における「薬の効き方」の根本的な解釈に一石を投じた非常に重要な論文です。

著者は、批判的精神医学(Critical Psychiatry)の旗手として知られるジョアンナ・モンクリフ(Joanna Moncrieff)教授らです。

この論文の核心的な内容を、4つのポイントに整理して詳しく解説します。


1. 2つの対立するモデル:「疾患中心」vs「薬剤中心」

この論文の最も重要な貢献は、精神科薬の作用メカニズムを以下の2つのモデルで比較し、現在の主流(疾患中心モデル)の妥当性を問い直した点にあります。

① 疾患中心モデル (Disease-Centered Model)

  • 考え方: 薬は、病気の原因である「特定の生物学的な異常(例:セロトニン不足)」を修正することで効くと考える。
  • 例え: 糖尿病に対するインスリンのようなもの。不足しているものを補う、あるいは異常な回路を正常化する。
  • 現状: 現在の精神医学の教科書や患者への説明の主流。

② 薬剤中心モデル (Drug-Centered Model)

  • 考え方: 薬は「脳の正常な状態を変化させ、特殊な精神状態(薬物誘発性の状態)を作り出す」ことで、結果として症状を覆い隠したり、緩和したりすると考える。
  • 例え: 社交不安障害の人がお酒を飲んでリラックスするようなもの。アルコールは不安の「原因」を治しているわけではなく、単に「酔い」という薬理作用で不安を感じにくくさせているだけ。
  • 論文の主張: 精神科薬の多くは、実はこちらのモデルに近いのではないか。

2. 「疾患修飾(Disease-modifying)」の証拠はあるか?

論文では、抗うつ薬、抗精神病薬、リチウムなどの主要な薬について、「それらが病気の根本プロセス(疾患修飾)に作用しているという明確な証拠はない」と指摘しています。

  • 抗うつ薬: セロトニンやノルアドレナリンの異常を修正しているという証拠は不十分である。むしろ、感情を平板化(エモーショナル・ブランティング)させることで、苦痛を「感じにくくさせている(対症療法)」に過ぎないのではないか。
  • 抗精神病薬: ドーパミン過剰を「修正」しているのではなく、ドーパミン受容体をブロックすることで、脳の反応性を全般的に抑制し、幻覚や妄想に対する「関心」や「強迫観念」を低下させているだけではないか。

3. なぜこの区別が重要なのか?(臨床的影響)

「薬が何をしているのか」の解釈が変わると、治療のあり方も大きく変わります。

  • 長期服用のリスク: もし薬が「不足を補うもの(インスリン型)」なら長期服用は正当化されますが、単に「脳の状態を変えるもの(アルコール型)」であれば、脳の適応(耐性や離脱症状)による長期的な副作用のリスクをより慎重に評価すべきです。
  • インフォームド・コンセント: 患者に対し、「脳の化学的不均衡を直す薬です」と説明するのと、「あなたの意識状態を薬で変えることで、苦痛を和らげます」と説明するのとでは、患者の選択に大きな違いが生じます。
  • 離脱症状(離脱反応): 疾患中心モデルでは、薬をやめて症状が出ることを「再発」と捉えがちですが、薬剤中心モデルでは「脳が薬のある状態に適応してしまったための反跳作用(離脱症状)」と捉えます。

4. 論文の結論

著者らは、「現在の精神医学は、精神科薬が疾患修飾効果(根本治療)を持っているという未証明の仮定に基づきすぎている」と結論付けています。

むしろ、薬は「特定の精神状態を誘発する手段」として再定義されるべきであり、それによって:

  1. より適切な期間の処方が行われるようになる。
  2. 心理社会的アプローチ(カウンセリングや生活支援)の重要性がより強調されるようになる。
  3. 患者が自分の意志で「この薬による意識の変化を必要とするか」を判断できるようになる。

この論文が与えたインパクト

この論文は、2022年に同じ著者らが発表した「セロトニン仮説を否定する大規模レビュー」とともに、世界中の精神医学界で激しい議論を巻き起こしました。

「薬が無効だ」と言っているわけではなく、「薬が何をしているのかを正直に、科学的に再評価しよう」という提案です。これにより、単なる薬物療法偏重から、より全人的で、患者の主観を重視する精神医学への転換が促されています。

昨今の「New Psychiatry(新しい精神医学)」の議論において、この「薬剤中心モデルへのシフト」は欠かせない理論的支柱の一つとなっています。

タイトルとURLをコピーしました