『New Psychiatry: Beyond Conventional Wisdom』 (New Psychiatry Preprints, 2023) は、従来の精神医学の枠組み(主に「化学的不均衡」モデル)に疑問を投げかけ、より包括的、あるいは生物学的に根本的な視点から精神疾患を捉え直そうとする、「新しい精神医学(New Psychiatry)」という潮流を代表する論文、あるいはそのマニフェスト的な文書です。
この論文(およびこの運動)が提示している主な内容と、なぜ「従来の知見を超えている(Beyond Conventional Wisdom)」と言われているのか、詳しく解説します。
1. 論文の背景:従来の精神医学の限界
従来の精神医学は、主に「脳内の神経伝達物質(セロトニンやドーパミンなど)のバランスが崩れることが精神疾患の原因である」というモノアミン仮説に基づき、薬物療法を中心に行ってきました。しかし、この論文は以下の点を指摘しています。
- 薬物療法の停滞: 過去数十年間、精神科薬に画期的な新薬が登場しておらず、症状を抑えることはできても「治癒」に至るケースが少ない。
- 診断の曖昧さ: 現在の診断基準(DSM-5など)は症状のチェックリストに基づいた分類であり、生物学的な原因(病理)を特定できていない。
- 「化学的不均衡」への疑問: 2022年から2023年にかけて発表された大規模な研究(セロトニン仮説の再検証など)により、セロトニン欠乏だけではうつ病を説明できないことが広く知られるようになった。
2. 論文が提唱する「新しい精神医学」の4つの柱
この論文(2023年のプレプリント)では、以下の4つの領域を統合することが、従来の知見を超える鍵であると述べています。
① 代謝精神医学 (Metabolic Psychiatry)
これが最も注目されている分野です。「精神疾患は脳の代謝障害である」という考え方です。
- ミトコンドリア機能不全: 脳のエネルギー工場であるミトコンドリアの不具合が、メンタル疾患の根本原因である可能性を指摘。
- インスリン抵抗性: 糖尿病と精神疾患の深い関連性を重視します。
- ケトン体療法: 食事療法(ケトジェニック・ダイエットなど)が、薬物抵抗性の双極性障害や統合失調症に劇的な効果をもたらす可能性を示唆しています(クリス・パーマー博士らの理論に近い内容)。
② 免疫精神医学 (Immuno-psychiatry)
- 慢性炎症: 脳内や体内の「微細な炎症」が脳の機能を低下させ、うつ病や不安障害を引き起こすという視点です。
- 脳腸相関: 腸内細菌叢(マイクロバイオーム)が免疫系を介して脳に影響を与えるメカニズムを重視します。
③ 精密精神医学 (Precision Psychiatry)
- 一人ひとりの遺伝子、生活環境、バイオマーカー(血液検査データなど)に基づき、「十一派一絡げの診断」ではなく「個別化された治療」を行うことを提唱しています。
④ 社会・環境的要因の再評価
- 生物学的な側面だけでなく、孤独、貧困、不自然な生活リズム(光公害や超加工食品)といった現代社会の構造が、脳の生物学的限界を超えていることを指摘しています。
3. 「従来の知見」との具体的な違い
| 項目 | 従来の知見 (Conventional Wisdom) | 新しい精神医学 (New Psychiatry) |
|---|---|---|
| 主な原因 | 神経伝達物質の不足(セロトニン等) | 脳の代謝、炎症、エネルギー代謝の不全 |
| 診断方法 | 症状の観察(心理的評価) | 血液検査、代謝データ、バイオマーカーの活用 |
| 主な治療 | 抗うつ薬、抗精神病薬 | 食事、睡眠、運動、代謝改善+適切な薬物 |
| 治療の目標 | 症状の緩和(寛解) | 根本的な生物学的プロセスの正常化 |
4. この論文の意義と影響
この論文(および関連する一連の議論)が2023年に発表されたことで、精神医学界では「脳だけを見るのではなく、身体全体の健康(代謝や免疫)が精神の健康そのものである」という認識が急速に広がっています。
特に、ハーバード大学のクリス・パーマー博士(著書『Brain Energy』)や、ジョージア・イード博士(『Change Your Diet, Change Your Mind』)といった著名な研究者たちの主張と歩調を合わせており、「食事や生活習慣を、補助的なものではなく、精神医学の『主軸』に据えるべきだ」という非常に力強いメッセージを発信しています。
まとめ
この論文は、「精神疾患を心の病気としてではなく、全身の生物学的な代謝・エネルギー障害の一部として捉え直すべきである」と主張しています。従来の薬物療法に行き詰まりを感じている臨床現場や患者にとって、新たな希望と科学的な治療指針を与える重要な文書と言えます。
※この論文は「プレプリント(査読前論文)」であるため、現在も専門家による議論が続いていますが、その影響力は既に臨床現場(特に栄養療法や代謝療法を取り入れる医師の間)で大きくなっています。
