単なる文化比較ではなく、「精神構造」の比較になります。
以下では、
- 日本的情緒忠誠の構造
- 中国的原理忠誠の構造
- 超自我の形成様式の違い
- それぞれの病理的帰結
という順で整理します。
Ⅰ 日本的情緒忠誠の精神構造
日本の忠誠は、基本的に人格的・情緒的結合です。
丸山眞男が指摘したように、日本の忠誠は原理よりも「関係」に基づきます。
ここでは忠誠の対象は:
- 主君
- 組織
- 会社
- 家族
- 上司
そしてその結合は、
- 恩
- 情
- 義理
- 恥
によって維持されます。
構造図的に言えば
外的他者(主君)
↓
情緒的同一化
↓
内面化された関係的超自我
日本型超自我は:
「あの人を裏切れない」
という形をとります。
それは法や原理よりも、
具体的な他者のまなざし
です。
Ⅱ 中国的原理忠誠の精神構造
一方、中国の科挙知識人は、
主君に仕えるが、主君に属さない。
彼らの最上位の忠誠対象は:
- 天理
- 道
- 義
です。
構造はこうなります:
抽象的原理(道)
↓
それを代理する皇帝
↓
仕官
つまり忠誠は常に条件付きです。
超自我は人格ではなく、
抽象原理の内在化
です。
だから
君が道を失えば去る
が可能になる。
Ⅲ 超自我の構造的違い
ここが核心です。
1 日本型超自我
- 母性的・関係的
- 恥の構造
- 他者の視線
- 同一化ベース
超自我の声は:
申し訳ない
顔向けできない
恩を忘れるな
罪悪感よりも恥。
対象は具体的人格。
2 中国型超自我
- 父性的・原理的
- 義の構造
- 抽象秩序
- 法則ベース
超自我の声は:
それは義に反する
天理に背く
罪悪感に近い。
対象は抽象的秩序。
Ⅳ 決定的な違い
| 日本型 | 中国型 | |
|---|---|---|
| 忠誠対象 | 人格 | 原理 |
| 超自我 | 関係的 | 抽象的 |
| 感情 | 恥 | 義 |
| 離脱 | 裏切り | 原理的一貫性 |
| 行動 | 殉じる | 去る |
Ⅴ 病理的帰結の違い
日本型の病理
- 過剰適応
- 組織と心中
- 同調圧力
- 「空気」支配
- 自己消失
超自我が関係と癒着する。
結果:
自分が消える
中国型の病理
- 冷淡
- 無関与
- シニシズム
- 「私は正しい」の自己完結
超自我が原理と同一化しすぎる。
結果:
他者への責任が希薄
Ⅵ なぜこうなるのか
背景には社会構造の違いがあります。
日本
- 血縁的封建制
- 主従の人格的依存
- 村落共同体
- 情緒的連帯
中国
- 官僚制国家
- 血縁と政治の分離
- 科挙による抽象化
- 法と天命
国家構造が超自我の型を決めている。
Ⅶ 実存的観点から
日本型は
他者と一体化して主体を失う危険
中国型は
原理と一体化して他者を切る危険
どちらも「内的超越者」の偏りです。
Ⅷ より深い精神分析的整理
フロイト的に言えば:
日本型超自我は
- 母性超自我
- 恥中心
- 関係不安型
中国型超自我は
- 父性超自我
- 法中心
- 罪責型
ラカン的に言えば:
日本は「他者の欲望」に絡み取られやすい。
中国は「象徴秩序」に忠実。
Ⅸ 近代的主体との関係
近代的主体は
- 原理を内面化し
- かつ人格的責任を引き受ける
必要がある。
つまり、
日本型と中国型の統合
が必要です。
原理なき情緒は溶解する。
情緒なき原理は冷酷になる。
まとめ
日本的情緒忠誠:
- 人格的同一化
- 恥の超自我
- 関係中心
- 殉死的傾向
中国的原理忠誠:
- 抽象的同一化
- 義の超自我
- 原理中心
- 離脱的傾向
どちらも「内的超越者」の形態である。
違うのは、
その超越者が
人格か、原理か
という点である。
