日本の近代化の過程 自律的な主体

日本の近代化の過程において、日本人の精神構造における「超越者の内在化」がどのような変遷を辿ったのか。これは、丸山眞男が終生抱き続けた「なぜ日本には自律的な主体が確立しにくいのか」という問いの核心でもあります。

西欧の近代が、キリスト教という「絶対的な他者(超越者)」を内面化し、神との一対一の対話を通じて自己を確立してきたのに対し、日本の近代化プロセスでは、超越者は内在化されるどころか、巧妙に「外部化」され、あるいは「拡散」してしまいました。

以下に、仏教、国家神道、民間信仰、新興宗教、そして知識人の苦闘という多角的な視点から、日本の近代における「内的超越者」の状況を考察します。


日本の近代化と超越者の行方――「内なる審判」はいかにして回避されたか

序:垂直の軸の欠落と「横の圧力」

近代的主体の確立には、自己の内部に、社会や世間という「横の基準」を相対化し得る「垂直の軸(超越的基準)」が必要です。資料において『論語』の「義」や、キェルケゴールの「神」が挙げられているのは、それらが個人を外部の規範から解き放ち、内面的な自律へと向かわせる「内的超越者」として機能するからです。

しかし、明治維新以降の日本において、この「内的超越者」の構築は極めて歪な形を辿ることになりました。

第一章:国家神道による「超越者の外部化」と中心の占拠

日本近代における最大の転換点は、天皇を中心とする「国家神道」の創出です。丸山眞男が分析したように、明治国家は天皇を「現人神」として位置づけることで、超越者を雲の上の抽象的な存在から、地上の具体的な「人格」へと引き降ろしました。

本来、超越者が「目に見えない原理(義、神、真理)」として内在化されれば、個人はその原理に照らして現実の権力を批判する主体となり得ます。しかし、国家神道は「超越的なるもの」を天皇という目に見える制度的中心に固定してしまいました。これにより、日本人の精神における「超越的なるものとの対話」は、天皇への「直接的な服従」へと差し替えられたのです。

このとき、超越者は個人の内面で機能する「良心」ではなく、外部から個人を監視し、統合する「動員装置」となりました。丸山が指摘する「無責任の体系」とは、内なる超越者(自己の判断基準)を持たない個人が、外部の中心(天皇・国家)へ判断を丸投げしてしまう精神構造の謂いに他なりません。

第二章:仏教の沈黙と「家」への埋没

本来、日本の伝統的な精神基盤として「内的超越者」を担うべきであったのは仏教でした。親鸞の「悪人正機」や禅の「自己探究」は、世俗の権威を否定し、絶対的なるものと向き合う強固な主体を形成するポテンシャルを持っていました。

しかし、近代化の過程で仏教は「廃仏毀釈」という壊滅的な打撃を受け、その後、生き残るために国家体制への従属を余儀なくされました。仏教は、個人の魂を救済し主体を確立する「生の宗教」から、先祖供養を通じて家制度を補完する「葬式仏教」へと変質し、その超越性を去勢されました。

超越的な「仏性」が、世間を突き抜ける垂直の軸として機能するのではなく、家族や村落という「共同体の維持」のために動員されるようになったとき、日本人の内面から「孤独な超越者との対話」の場は失われていったのです。

第三章:民間信仰と「世間」という名の擬似超越者

近代化という激動の中でも、庶民の精神の深層には古くからの民間信仰(アニミズム、多神教的感性)が息づいていました。しかし、これらは「一神教的な超越者」とは対極の性質を持ちます。

民間信仰における神々は、特定の場所に宿り、特定の状況に反応する「状況的」な存在です。そこでは「絶対的な唯一の正義」ではなく、「調和(和)」や「汚れの忌避」が重視されます。この感性は、社会において「世間の目」という強力な同調圧力へと転化しました。

阿部謹也が論じたように、日本における「世間」は、超越者の不在を埋める「擬似的な超越者」として機能しています。日本人は「内なる神」の審判を仰ぐ代わりに、「世間様に対して申し訳ない」という横の視線を内面化しました。これは資料が説く「内的作業モデル」の歪んだ形態であり、主体を確立させるのではなく、主体を周囲に溶け込ませる「脱主体化」の装置として働いたのです。

第四章:新興宗教の台頭と「現世利益」の罠

明治以降、次々と現れた新興宗教(天理教、金光教、大本など)は、国家神道や制度宗教が救いきれなかった民衆の「生」の苦しみに応えました。これらは、民衆の内面に「親神」や「救世主」を立てることで、一時的にせよ既存の社会秩序(外部権威)を相対化する主体性を与える側面を持っていました。

しかし、これらの多くもまた、指導者の強烈なカリスマ(外部権威)への依存や、具体的な「現世利益」の追求へと収束していく傾向がありました。超越者が「自分を律する内なる法」になるのではなく、自分の願いを叶えてくれる「都合の良い外部の力」として消費されるとき、それは近代的な自律した自我の確立には結びつきませんでした。ここでも、超越者の内在化は「依存先の変更」に留まってしまったのです。

第五章:夏目漱石とキリスト教知識人の孤独な闘い

このような「超越者の不在」という荒野において、孤独な戦いを挑んだのが夏目漱石や内村鑑三、そして桐須知教が参照するようなキリスト教的知識人たちでした。

漱石は、イギリス留学という絶望的な他者体験を経て、外部の評価(西洋の基準、あるいは日本の世間)に依存しない「自己本位」を提唱しました。彼の「自己本位」とは、まさに資料が説く「外部権威から内部権威への移行」そのものでした。漱石は、自分自身の内部に「天」という名の峻厳な超越者を据えようとしましたが、それは周囲の無理解と精神的な孤立という、あまりに高い代償を伴うものでした。

また、内村鑑三は「武士道の上に接木されたキリスト教」を標榜し、天皇ではなく神を絶対的な頂点に置くことで、国家に従属しない「不敬」をも辞さない主体を確立しようとしました。彼らにとっての「内的超越者」は、国家という巨大な外部権威に抗うための唯一の武器であったのです。

第六章:『論語』の変質と「内なる義」の喪失

さらに、江戸時代まで武士の精神的背骨であった『論語』も、近代化の過程で変質させられました。

本来の『論語』が持つ「天を知り、義に殉ずる」という垂直の倫理は、明治以後の道徳教育(教育勅語体制)において、天皇への「忠」という平面的・外部的な義務へと回収されました。資料で述べられている「諫奏」という能動的契機、すなわち「主君が誤っているときは、内なる義に従ってそれを正す」という主体性は、危険思想として排除されたのです。

こうして、日本人が本来持っていたはずの「内在化された義」の種火は、近代国家という強風の中で消し止められていきました。

結び:未完の課題としての「内在化」

日本の近代化の過程を振り返ると、そこには一貫して「超越者の内在化を回避し、外部の権威(天皇、国家、世間、現世利益)にすり替える」という強力な力学が働いていたことがわかります。

日本人は、外部の権威に従う「客体」であることを、あたかも「調和」という美徳のように捉えることで、内なる超越者との孤独な対決を避けてきました。その結果として確立されたのは、自律的な「主体」ではなく、周囲の状況に応じて自己を最適化させる「高機能な適応体」であったと言わざるを得ません。

現代において、国家神道などの古い外部権威が失効した後も、日本人がSNSの承認や「空気」という名の新しい擬似超越者に支配され続けているのは、近代の出発点において「超越者の内在化」という課題が未完のまま放置されたからです。

我々がいま、改めて丸山眞男や漱石、そしてキリスト教の思索を辿り直す意味は、この「内なる垂直の軸」を、いかにして現代的な倫理として再構築するかという点にあります。それは、社会の中にいながらにして、社会を超えた「内なる超越者」と対話する孤独な自由を引き受ける、という困難な、しかし唯一の主体確立への道なのです。

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