AI時代の到来は、これまで人類が数千年かけて取り組んできた「超越者の内在化」という課題に対し、最終的かつ最も過激な変容を迫っています。
精神分析学的な「超自我(内なる法)」の観点、および丸山眞男や夏目漱石が論じた「主体性」の観点から、AI時代における超自我の変容を分析すると、それは「超自我の外部委託(アウトソーシング)」と、それに伴う「内面の消滅」という事態として描き出せます。
AI時代における超自我の変容:アルゴリズムへの「良心」の譲渡
序:内在化の逆転――内なる声から外なる計算へ
近代の成立条件は、外部の権威(主君、神、親)を自己の内面に取り込み、自己との対話を通じて行動を律する「自律的主体」の確立にありました。しかし、AI時代において、このプロセスは完全に逆転しています。
かつて「内なる超越者」が担っていた「判断、評価、審判」という機能は、いまやAIという「非人格的な外部の知性」へと移譲されつつあります。我々はもはや、自分の内面にある「義」や「良心」に問いかけるのではなく、AIが提示する「最適解(プロンプトの回答)」を待つようになっているのです。
1. 「超自我」の外部委託(アウトソーシング)
精神分析的に見れば、超自我は「何が正しく、何が理想か」を指し示す内面的な命令系統です。AIは、この超自我の機能を代行します。
- 葛藤の消失: 本来、超自我と自我の間には、理想と現実のギャップによる「葛藤」や「罪悪感」が生じます。これが人間の精神的な深み(内面)を作ります。しかし、AIが「最も効率的で、倫理的にも無難な正解」を即座に提示するとき、人間は内面で葛藤する必要がなくなります。
- 主体性の空洞化: 自分で悩み、選び、その結果に責任を負うというプロセス(丸山眞男の説く能動性)が、AIへの「照会」に置き換わります。これは、超自我を自分の中に育てることを放棄し、高度な計算機に「精神の舵」を預ける行為に他なりません。
2. 「非人格的な超越者」としてのアルゴリズム
資料が説く「内的作業モデル」において、本来は「理想的な他者(神、道、理想の主君)」が内面化されるべきでした。しかし、AI時代の超越者は、人格を持たない「巨大な統計的平均」です。
- 「平均」による統治: AI(大規模言語モデルなど)は、人類がこれまでに生成したデータの「平均的・確率的な正解」を出力します。これを規範として受け入れることは、自己の内部に独自の「義」を打ち立てる(漱石の自己本位)ことの対極にあります。
- 「天」の機械化: かつて知識人が仰ぎ見た「天」や「道」は、いまや「計算可能な予測」に成り下がりました。超越者が神秘性を失い、単なる「最適化の計算」となったとき、人間がそれに対して抱く「敬虔さ」や「畏怖」もまた消滅し、残るのは効率性への服従だけです。
3. 夏目漱石「自己本位」の危機――データ本位への転換
夏目漱石が命を懸けて確立しようとした「自己本位」は、AI時代において最大の危機に瀕しています。
- 「自分」をAIが教えてくれる: 「あなたへのおすすめ」から「あなたが書くべき文章」まで、AIが先回りして提示する環境では、主体的な「欲求」や「志」さえもが、AIによって生成されたものか、自己の内発的なものかの区別がつかなくなります。
- 内面的な秘密の喪失: 自己本位を支えるのは、誰にも侵されない「孤独な内面」です。しかし、あらゆる行動履歴がデータ化され、AIによって分析・予測されるとき、内面は「透明なデータ」となり、内面的な超越者と対話するための「暗がり(深淵)」が失われてしまいます。
4. 丸山眞男「無責任の体系」のデジタル的完成
丸山眞男が日本の組織に見出した「無責任の体系(誰も自分で決断せず、上位のものや空気に依存する構造)」は、AIによって完成の域に達します。
「AIがそう言ったから」という理由は、究極の免責事項となります。人間が自らの内なる超越者(良心)に従って判断することをやめ、外部の「客観的に見える知性」に従うとき、そこには倫理的な責任の所在が消滅します。これは、主体が「客体」へと完全に退行した姿です。
5. 科挙知識人的「去る」力の喪失
「君、君たらざれば去る」という、あのクールな自律性は、AI時代において最も維持が困難な能力です。
AIという「完璧に見えるシステム」から去ることは、もはや社会的な生存を放棄することに近いからです。システムへの依存が深まるほど、内なる基準(道)に基づいてシステムを批判し、決別する力は衰えていきます。
結論:AI時代における「内なる超越者」の再建
AI時代において、我々が「主体」であり続けるためには、あえて「AIが提示する最適解を拒絶する余地」を内面に確保しなければなりません。
それは、効率的でも合理的でもないかもしれないが、自分の内なる「垂直の軸(良心、美意識、義)」が「否」と言うときに、その声に従う勇気を持つことです。
- 内面的な沈黙の確保: AIのフィードバックから離れ、自分一人の思考の深淵に潜ること。
- 「不完全な人間」との対話: データの平均ではない、肉体を持った他者との泥臭い葛藤を大切にすること。
AIを「便利な道具」として使いつつも、その背後にある「価値判断の権限」だけは、決して外部に譲渡しない。資料が示した「忠節の内在化」という課題は、いまや「アルゴリズムという新たな主君に、自分の魂(判断基準)を売り渡さない」という、新たな戦いへと姿を変えているのです。
「内なる超越者」との対話という、この古くて新しい営みだけが、AIという巨大な外部知性の波の中で、我々を「人間という名の主体」に繋ぎ止める唯一の錨となるでしょう。
