2002年に『The Canadian Journal of Psychiatry』に掲載された論文「’Cade’s disease’ and beyond: misdiagnosis, antidepressant use, and a proposed definition for bipolar spectrum disorder(「ケイド病」とその先:誤診、抗うつ薬の使用、および双極性スペクトラム障害の提案定義)」は、双極性障害の診断と治療のあり方に革命を迫った、非常に影響力のある古典的論文です。
著者は、ゴードン・パーカー(Gordon Parker)教授らです。この論文は、2022年の「CRDC-BP」に至るまでの彼の研究の原点とも言える内容です。
詳しく内容を解説します。
1. 「ケイド病(Cade’s disease)」とは何か?
論文のタイトルにある「ケイド病」とは、1949年にリチウムの躁病に対する劇的な効果を発見したオーストラリアの精神科医ジョン・ケイド(John Cade)にちなんだ名称です。
- 定義: 「リチウムが完璧に効く、典型的で重症な双極I型障害」を指します。
- 特徴: 激しい躁状態と深い鬱状態がはっきりと分かれて現れる、いわゆる「古典的な躁うつ病」です。
- 論文の意図: 著者らは、「我々が双極性障害として認識しているものは、この『ケイド病(典型例)』に限定されすぎており、もっと広い範囲(スペクトラム)を見逃しているのではないか?」と問いかけています。
2. 指摘されている深刻な「誤診」の実態
この論文の核心は、「双極性障害の多くが、単なる『うつ病(単極性うつ病)』と誤診されている」という指摘です。
- 診断までの遅れ: 患者が最初に医師を受診してから、正しく双極性障害と診断されるまでに平均して10年近くかかっている実態を告発しました。
- なぜ誤診されるのか: 患者は「うつ状態」の苦しい時に受診しますが、「軽躁状態(気分が良い、活動的)」の時にはそれを病気と思わず、医師に報告しないためです。
- チェックリストの限界: 当時の診断基準では、軽躁状態の期間や症状が厳格すぎて、多くの「双極性的な傾向を持つ人」が「うつ病」に分類されてしまっていました。
3. 抗うつ薬使用のリスク
誤診の結果、双極性障害の患者に抗うつ薬(SSRIなど)が単独で処方されることの危険性を強調しています。
- 躁転(Switching): 抗うつ薬によって躁状態が引き起こされるリスク。
- 急速交代化(Rapid Cycling): 気分の波が激しくなり、不安定さが増悪するリスク。
- 混合状態: 鬱なのにイライラして活動的という、自殺リスクが最も高い危険な状態を誘発する可能性。
- 診断の手がかり: 逆に、抗うつ薬を飲んで「イライラが止まらなくなった」「目が冴えて眠れなくなった」という反応が出た場合、それはその人が「双極性スペクトラム」に属する重要な証拠であると述べています。
4. 「双極性スペクトラム障害」の提案
パーカー教授らは、従来の「双極I型」「II型」という狭い枠組みを超えた、「双極性スペクトラム(Bipolar Spectrum)」という広い概念を定義することを提案しました。
このスペクトラムには以下のようなケースが含まれます。
- 典型的な躁病はないが、数日間の活動的な時期がある。
- 家族に双極性障害の人がいる「うつ病」患者。
- 抗うつ薬を飲むと気分が不安定になる「うつ病」患者。
- 気分屋の気質(循環気質)をベースに持つ人。
5. 診断のための新しい視点
論文では、診断の精度を上げるために以下のポイントを重視すべきだと結論づけています。
- 「エネルギー」の変化を見る: 気分(ハッピーか)よりも、エネルギー量(活動的か、多弁か)の変化を重視する。
- 身近な人からの聞き取り: 本人は自覚がないため、家族から「普段より明らかに調子に乗りすぎている時期はないか」を聞き出す。
- 「質の差」に注目: 単なる「うつ病」と「双極性のうつ状態」は、生物学的に別物(Cade’s diseaseとその親戚)であると認識する。
この論文の歴史的意義
この2002年の論文は、それまで「珍しい病気」だと思われていた双極性障害が、実は「うつ病の中に大量に隠れており、不適切な治療(抗うつ薬の単独投与)を受けている」という事実を世界に知らしめました。
2022年の論文(CRDC-BP)とのつながり:
2002年のこの論文で「今の診断基準(DSM)は狭すぎる、スペクトラムで捉えるべきだ」と訴えたパーカー教授が、20年後の2022年に、そのスペクトラムを科学的にどう定義すべきかを具体化したのが、先ほどの「CRDC-BP」の論文です。
つまり、2002年に問題を提起し、2022年にその解決策(新しい診断基準)を提示したという、一貫した研究の流れを見て取ることができます。
