2014年に『Molecular Psychiatry』誌で発表されたこの研究(MerikangasらによるNIMH家族研究)は、「躁病(そうびょう)」と「うつ病」の遺伝・家族性伝達は、実はそれぞれ独立しているのではないかという画期的な説を提唱したものです。
Independence of familial transmission of mania and depression: results of the NIMH family study of affective spectrum disorders 2013
専門的な内容を、4つのポイントで分かりやすく解説します。
1. この研究の何がすごいの?
従来の精神医学では、双極性障害(躁うつ病)は「うつ病が重くなったもの」や「同じ原因から生じる気分の波の両極端」だと考えられてきました。
しかし、この研究は「躁(ハイ)」の状態と「うつ(ロー)」の状態は、それぞれ別々のルートで家族に伝わっている(遺伝的な背景が異なる)ことを示唆しました。これは双極性障害の捉え方を根本から変える可能性のある発見です。
2. 研究の結果、わかったこと
約2,500人を対象とした大規模な調査の結果、以下のことが明らかになりました。
- 双極性障害I型(BP I)とうつ病は、それぞれ家族内で強く受け継がれる
- 家族に双極性障害I型の人がいる場合、本人が双極性障害I型になるリスクは8倍以上。
- 家族にうつ病の人がいる場合、本人がうつ病になるリスクは約2倍。
- 「躁」と「うつ」は混ざり合わない
- 躁病になる素因(性質)は、家族内で「躁」として伝わります。
- うつ病になる素因は、家族内で「うつ」として伝わります。
- 驚くべきことに、「躁病の遺伝的影響」と「うつ病の遺伝的影響」の間には、目立った交差(クロスオーバー)が見られませんでした。
3. 「独立している」とはどういう意味か?
通常、双極性障害の患者さんは「躁」と「うつ」の両方の症状を経験します。そのため、これまでは1つの共通する「心の病の種」があると考えられてきました。
しかし、この研究結果はこう説明します。
「双極性障害とは、『躁病になりやすい性質』と『うつ病になりやすい性質』の両方を、たまたま別々に受け継いでしまった状態なのではないか」
つまり、躁とうつは「一つの病気の表と裏」ではなく、「別々の独立した2つの病気」が同じ人の中に同居しているという考え方です。
4. この研究がもたらすメリット
この発見には、将来的に2つの大きな意義があります。
- 遺伝子研究の進展
「双極性障害の遺伝子」という曖昧なものを探すのではなく、「躁状態を引き起こす遺伝子」と「うつ状態を引き起こす遺伝子」を分けて探すことで、原因の特定が早まる可能性があります。 - 新しい治療法の開発
躁とうつの原因(生物学的ルート)が別々であるなら、それぞれに特化したより精密な薬や治療法を開発できる可能性があります。
結論をひとことで言うと
「躁(そう)」と「うつ」は家族内で別々のルートで伝わっており、双極性障害はそれらが組み合わさったものである。
これまで「重い・軽い」のグラデーションで語られてきた気分障害を、症状の「成分(躁か、うつか)」で分けて考えるべきだ、という新しい視点を提示した重要な論文です。
