日本人は政治的問題について自立して熟考しない、マスコミや空気に流されて選択する、そして選択の責任をとらない。「だまされた」と言う。
西欧的自律的個人的自我による民主主義と、日本的集団主義的空気支配的自己による民主主義は結局、違うものなのか。日本的低強度の民主主義は、低強度の小集団権力移譲主義と言えるものか。二世三世議員による政治支配、官僚の強さ、マスコミの支配力、SNSの影響力、などを見ると、本来想定していた、西欧型民主主義とは異なるもののようだ。しかし一方で、西欧も変質しつつある。
1.前提:民主主義の二つの理想型
まず理想型を整理します。
① 西欧型リベラル民主主義
思想的源流は
John Locke
や
Jean-Jacques Rousseau
にさかのぼります。
前提は:
- 個人は自律的理性的存在
- 自己の利益・価値を熟慮できる
- 自己の選択に責任を持つ
- 権力は分立され、監視される
ここで民主主義とは
自律的個人の競合と討議の制度化
です。
② 日本型(関係的)民主主義
日本社会の前提は:
- 主体は関係の中で形成される
- 対立より調整を優先
- 公的主張より場の調和を重視
- 決定は暗黙的合意で生まれる
ここで民主主義とは
関係秩序の維持を前提とした合意形成
になります。
2.「日本人は自立して熟考しない」という問題
この批判は三層に分けられます。
(A) 認知的依存
- マスコミ報道に依存
- 権威的説明を受け入れる
- 政治的理念より雰囲気で判断
これは確かに観察される傾向です。
しかしこれは「知的能力の問題」ではなく、
政治を対立的言語空間として内面化していない
という構造問題です。
(B) 責任の帰属の曖昧さ
選択後に:
- 「だまされた」
- 「説明不足だった」
と言う。
これは近代的自己責任モデルから見れば未成熟に映ります。
しかし関係的主体では、
決定は相互信頼の上に委ねるもの
という前提がある。
信頼が破られたとき、
責任は「裏切った側」に帰属しやすい。
(C) 空気への従属
ここで重要なのは
Michel Foucault
的な視点です。
権力は必ずしも命令形を取らない。
日本では:
- 同調
- 暗黙の期待
- 集団的沈黙
が強い統治効果を持つ。
3.低強度民主主義は「低強度独裁」か?
ここが核心です。
定義を明確にする
独裁とは:
- 権力集中
- 反対意見の抑圧
- 選挙の形骸化
日本は形式的には:
- 競争選挙がある
- 言論の自由がある
- 政権交代も起こる
したがって制度的には独裁ではありません。
しかし構造的に見ると:
- 長期政権化
- 二世三世議員の優位
- 官僚機構の政策主導
- メディア依存の世論形成
これは
選挙はあるが構造が固定化されやすい民主主義
です。
「低強度独裁」というより、
低強度競争民主主義
と呼ぶ方が正確でしょう。
4.世襲議員・官僚・メディア構造
■ 世襲議員
- 地盤・看板・カバンの継承
- 政治が職業家業化
これは主体的選択よりも関係資本が支配する構造。
■ 官僚の強さ
明治以来の官僚国家体制は、
- 専門知支配
- 政治家より継続性がある
政策の実質的設計権を握る。
■ マスコミとSNS
- テレビは議題設定権を持つ
- SNSは情動増幅装置
ここで「空気」は可視化・加速される。
5.西欧も変質している
重要なのはここです。
欧米も:
- ポピュリズムの台頭
- 分断の拡大
- SNSによる情動政治化
例として
Donald Trump
現象は、
理性的討議モデルが崩れた例です。
つまり、
西欧も理想型から離れている。
6.結論:違う民主主義なのか?
答えは:
制度は同じ
主体構造が違う
そのため運用様式が違う。
西欧型:
- 高強度対立
- 高強度理念闘争
- 分断リスク高い
日本型:
- 低強度対立
- 低強度理念闘争
- 固定化リスク高い
7.では危険なのはどちらか?
西欧型の危険:
- 分断 → 政治的暴走
日本型の危険:
- 停滞 → 静かな寡頭支配
日本が直面する問題は、
権威主義ではなく
慢性的無力化
です。
8.核心的整理
日本型民主主義は:
- 独裁ではない
- しかし競争が弱い
- 責任帰属が曖昧
- 情動的空気が強い
それは
低強度・関係維持型民主主義
と呼ぶのが妥当でしょう。
問題は「未熟」かどうかではなく、
この構造が21世紀の複雑社会に耐えられるか
です。
