双極性障害(BD)における認知機能の低下が、アルツハイマー病などの神経変性疾患と共通の生物学的メカニズム(脳内のゴミの蓄積など)を持っている可能性を検証した、1年間の追跡調査研究です。
Biomarkers for neurodegeneration impact cognitive function: a longitudinal 1-year case–control study of patients with bipolar disorder and healthy control individuals 2024
1. 研究の背景:なぜ双極性障害で「認知症」のマーカーを調べるのか?
双極性障害は、単なる気分の波だけでなく、長期的には認知機能(記憶力や注意力)の低下や、認知症の発症リスクが高まることが知られています。
- 共通点: 双極性障害の患者に見られる記憶障害などの症状は、アルツハイマー病(AD)の初期症状と似ている部分があります。
- バイオマーカー: アルツハイマー病では、脳内に「アミロイドβ(Aβ)」や「タウ」といったタンパク質が蓄積し、髄液中の数値が変化します。この研究は、双極性障害の認知機能障害もこれらと同じ仕組みで起きているのではないか、という疑問からスタートしました。
2. 研究の方法
- 対象者: 双極性障害の患者85人と、健康な対照群44人を1年間追跡。
- 測定項目:
- 髄液(CSF)および血液検査: アミロイドβ(Aβ42, Aβ40など)、タウタンパク質、神経損傷の指標(NFL)、シナプス損傷の指標(ニューログラニン)など合計18種類のマーカーを測定。
- 認知機能テスト: 言語記憶、ワーキングメモリ、実行機能などを詳細に評価。
- 追跡期間: 1年間にわたり、気分の状態(躁・うつ)を毎週記録し、認知機能とバイオマーカーの変化を分析しました。
3. 主要な発見
この研究の最も重要な結果は、「アミロイドβ(Aβ42)」と認知機能の強い関連性です。
① 髄液中のAβ42と認知機能のリンク
髄液中のAβ42の数値が高いほど、全体的な認知機能テストのスコアや言語記憶(言葉を覚える能力)が良いことが分かりました。
※アルツハイマー病の文脈では、脳内にAβが蓄積して「ゴミ」として固まると、髄液中のAβ42の数値は低下します。つまり、髄液中のAβ42が低い=脳内にゴミが溜まっていて、認知機能が落ちているという関係が、双極性障害でも見られたということです。
② 双極性障害での関連の強さ
この「Aβ42が低いほど認知機能が悪い」という傾向は、健康な人よりも双極性障害の患者において、より顕著に(強く)見られました。これは、双極性障害の脳内でアミロイドの代謝異常が起きている可能性を示唆しています。
③ その他の指標
一方で、神経の死滅を示す「NFL(ニューロフィラメント・ライト)」や「タウ」については、今回の1年間という短い期間内では、認知機能の変化と明確に結びつくような一貫した結果は得られませんでした。
4. この研究が意味すること(結論と解説)
この研究は、「双極性障害による認知機能の衰えの一部は、アルツハイマー病と似たような神経変性のプロセスを辿っている可能性がある」ということを示しました。
- 診断と予測: 髄液中のAβ42を調べることで、将来的に認知機能が低下しやすい患者を特定できるかもしれません。
- 新しい治療ターゲット: もしアミロイドの蓄積が原因の一つであれば、現在アルツハイマー病向けに開発されている「脳内のゴミを除去する薬」が、将来的に双極性障害の認知機能改善にも役立つ可能性を秘めています。
- 今後の課題: ただし、今回の研究は1年間と短く、参加者も限定的です。これが「双極性障害という病気そのものの影響」なのか、それとも「加齢による変化が双極性障害によって加速されているだけなのか」を切り分けるには、さらに長期的な調査が必要です。
これまでの3つの情報の統合(まとめ)
あなたがこれまで提示された3つの情報を繋げると、双極性障害の全体像がより鮮明になります。
- 遺伝子解析(4つの次元): 双極性障害には遺伝的に「重症化(精神病症状)しやすいグループ」や「衝動性が高いグループ」などがあり、それぞれ脳の設計図レベルでの弱点が異なる。
- 光感度(HELIOS-BD): その遺伝的な弱点に「光」という環境刺激が加わると、網膜の過敏反応を通じて体内時計が狂い、発作が誘発される。
- 神経変性(今回の論文): こうした気分の波を繰り返したり、長年病気と向き合ったりする中で、脳内にアミロイドβのような「ゴミ」が蓄積しやすくなり、それが認知機能の低下(脳の老化)に繋がっている可能性がある。
つまり、「遺伝的な土台」+「環境(光)による体内時計の乱れ」+「長期的な脳のダメージ(変性)」という3つのフェーズで、この複雑な病気を理解しようとする最新の研究の流れが見て取れます。
