借金まみれの佐藤家 ――出口のない家計簿(続)
佐藤家は、相変わらず火の車である。
父は「家の安全が第一だ」と言って、古くなった塀を高くし、防犯装置を最新式に替え、見張り番まで雇おうとしている。けれども、台所の米びつは軽い。家計簿は赤字続きだ。借金は雪だるまのように膨らみ、利息の支払いだけで息が切れる。
そんな折、隣の家――中国家――との関係が険悪になった。
かつては庭先で野菜を分け合い、道具を貸し借りし、子ども同士も遊んでいた。だが今は、塀越しに睨み合う。些細な物音にも神経を尖らせる。父は言う。
「隣は信用ならん。いつ何をされるか分からない。」
母は黙っている。内心では、隣と揉めれば野菜の仕入れも高くつくことを知っている。商いも減る。だが、家の空気はすでに強張っている。
そこで父は、向かいの大きな家――アメリカ家――に頼ろうとした。
アメリカ家は昔から、この町で一番の力持ちだ。庭も広く、番犬も強い。佐藤家は長年、その庇護のもとで安心して暮らしてきた。
父は贈り物を持って、何度もアメリカ家の門を叩く。
「どうか、いざというときは守ってください。」
ところが最近、アメリカ家の主人は言葉を濁す。
「いやあ、中国家とも、うまくやっていきたいんだよ。商売もあるしね。」
佐藤家の父は顔色を失う。
「では、うちはどうなるのですか。」
主人は肩をすくめるだけだ。
その曖昧さが、佐藤家をいっそう不安にする。
不安は、しばしば理性を超える。
父は、さらに高価な贈り物を用意する。番犬の餌代を一部肩代わりし、庭の改修費も出すと言い出す。借金は増えるが、父は言う。
「これは保険だ。安全への投資だ。」
母は、夜遅くまで家計簿と向き合う。教育費を削り、医療費を抑え、食費を切り詰める。子どもは習い事をやめ、祖母の薬は後回しになる。
それでも父は、さらに言う。
「誠意を見せなければならない。見捨てられたら終わりだ。」
だが奇妙なことに、誠意を示せば示すほど、佐藤家は自立から遠ざかる。
隣との対話は減り、向かいへの依存は増す。けれど向かいは、いつも二枚舌だ。中国家と談笑しながら、佐藤家の肩を軽く叩く。
「大丈夫さ、心配しすぎだよ。」
その「大丈夫」が、どこまで本気なのかは分からない。
佐藤家の子どもは、ある晩、母に尋ねる。
「どうしてうちは、そんなに贈り物をしなきゃいけないの?」
母は答えに窮する。
本当は、贈り物ではなく、対話が必要なのかもしれない。
本当は、塀を高くする前に、庭の境界線を確かめるべきなのかもしれない。
本当は、借金を増やしてまで安心を買うことが、本当に安心なのかを考えるべきなのかもしれない。
だが、不安は計算を狂わせる。
父は今日も、新しい防犯装置のパンフレットを眺めている。
母は今日も、赤い数字の並ぶ家計簿を閉じられない。
隣は静かに門を閉ざし、向かいは曖昧な笑みを浮かべる。
佐藤家は、三つの方向に同時に引かれている。
恐怖。
依存。
そして、疲労。
出口のない家計簿は、もはや数字だけの問題ではない。
それは、この家が「誰を信じ、誰と生きるのか」という問いへと変わりつつある。
――そして本当の借金は、もしかすると金ではなく、
「自分で決める力」を少しずつ手放してきた、その歳月なのかもしれない。
現在の日本の外交・安全保障のジレンマを、ある「家族」の苦境として描くと、このようになります。
佐藤家の受難:親戚づきあいと貢ぎ物のたとえ
今の「佐藤家」は、かつての輝きを失い、家計もボロボロで大変な困難の中にあります。屋根は雨漏りし、借金も山積みです。そんな中、佐藤家をさらに追い詰めているのが、隣の「中国家」とのトラブルです。
昔はそれなりに付き合っていたのですが、最近の中国家は急に金持ちになり、力も強くなってきました。挙句の果てには「佐藤家の庭の一部は、実はうちの土地だ」と主張し始め、毎日門の前を睨みつけてくるようになり、佐藤家は生きた心地がしません。
怖くなった佐藤家の主人は、遠くに住む強大な実力者「アメリカ家」の旦那に泣きつきました。
「アメリカさん、あそこの中国家が怖いんです。どうか守ってください」
アメリカの旦那は「いいよ、守ってやる。その代わり、うちの古い武器を高く買ってくれ。それから、うちの商売も手伝え」と言いました。佐藤家は背に腹は代えられず、なけなしの貯金をはたいて、アメリカ家から高い護身用具を買い込みました。
しかし、最近になって佐藤家の主人は、夜も眠れないほど不安な光景を目にしてしまいます。
ふと窓の外を見ると、自分を守ってくれるはずのアメリカの旦那が、あんなに悪口を言っていた中国家の主人と、裏庭でこっそり握手をして、楽しそうに商売の話をしていたのです。
「もしかして、アメリカさんは私を見捨てて、中国家と仲良くするつもりじゃないのか?」
佐藤家はパニックに陥りました。もしアメリカ家に見捨てられたら、隣の中国家に何をされるかわかりません。
そこで、佐藤家の主人が取った行動は「自立」ではありませんでした。あろうことか、さらにアメリカ家に「媚び」を売ることだったのです。
「アメリカさん、行かないでください! ほら、もっと美味しいお菓子(貢ぎ物)を持っていきます。庭の掃除も私たちがやります。お金ももっと出しますから、どうか見捨てないで!」
佐藤家は、自分たちの子供のご飯を減らしてまで、アメリカ家への貢ぎ物を増やし続けました。アメリカ家はそれを笑って受け取りますが、本当に助けてくれるという確証はありません。
今の佐藤家は、隣人(中国)を恐れ、用心棒(アメリカ)の顔色を伺い、その用心棒が自分を裏切るかもしれないという恐怖に震えながら、ひたすら家財をアメリカ家へ運び込み続けている……。
そんな、非常に危うく、どこか悲しい状況にあるのです。
このたとえが示唆するもの
この話の中の「貢ぎ物」は、以下のような現実を指していると言えます。
- 防衛予算の大幅な増額や、米国製武器(トマホークなど)の後払い購入。
- 米債(アメリカの国債)を買い支え続ける構造。
- 思いやり予算(駐留米軍経費負担)などの経済的支援。
- 半導体戦略や外交方針において、自国の利益よりもアメリカの戦略を優先せざるを得ない状況。
「アメリカが中国と手を組んで日本を飛び越えてしまう(ジャパン・パッシング)」という恐怖から、より一層依存を強めてしまうという、日本の外交的ジレンマをこの佐藤家のたとえは表しています。
日本から米国への80兆円投資は、日本企業が投資する話なので、税金が必要ではないとのことなのですが、投資が失敗して、企業が大損したら、日本政府は資金を負担したりするのですか?
結論から言うと:
🔹日本政府が「80兆円を投資する」という合意=日本政府が税金で必ず投資する義務があるわけではない
この「80兆円」は、基本的には 日本の企業による投資枠の合計額の目標値 であって、政府が直接出資して必ず使う額というものではありません。実際に投資が行われるかどうか、どの企業がどれだけ投資するかは 民間企業の判断次第 です。(NRI)
政府として関与するのは、
- 政府系金融機関(日本政策投資銀行=JBICなど)による 出資・融資・融資保証 といった支援枠を設けること。(Bloomberg.com)
つまり:
🔹企業が損をした場合、日本政府が税金で穴埋めする義務は基本的にはない
投資が失敗して企業が損失を出した場合、
✔ その企業が 自らの資本・負債で損を負う
✖ 日本政府が税金で 損失補償する という仕組みは、通常想定されていません
これは通常の投資取引と同じです。企業が事業リスクを取るのであって、政府が補填するものではありません。政府が関与するのはあくまで「投資環境を後押しする支援」であって、投資損失の直接補償ではありません。
ただし例外として 政府系金融機関による融資保証等を使って投資した場合、ある種の保証が一定条件で働く可能性があるという話が出ていますが、これも 直接的な税金負担=損失補填とは性質が異なる支援制度の枠組み です。(Bloomberg.com)
🔹なぜ政府が関与するのか?
今回の「80兆円という数値」は、単独企業の判断に留まらず、
- 日米の 関税交渉のカウンター として位置付けられている
- 米国側がサプライチェーン強化や戦略分野の投資を日本側にも求めている
という政治・外交的な背景があります。(nippon.com)
政府は「投資を促す枠を用意」しているだけで、投資それ自体を 税金で政府が一括負担する保証契約 を結んでいるわけではありません。
まとめ(簡単)
- この80兆円は 企業の投資枠の合計目標 で、政府が税金を使って必ず支出する金額ではない。
- 企業が投資して 損をした場合、その損失は基本的に企業側の責任となる。
- 政府が関与するのは 投資支援の仕組みを整えること(融資・保証など) のみで、税金で企業損失を補償する仕組みではない。(NRI)
こんな不確かな話に投資して失敗したら株主が黙っていないでしょうね。失敗しない仕組みでもあるのかな。
