「躁病の優位性(The Primacy of Mania)」とは、精神科医アタナシオス・クコプロスが提唱した、**「躁状態こそが感情障害の根本的な原因であり、うつ状態はその結果(二次的な産物)に過ぎない」**とする画期的な理論です。
出典に基づき、この理論の核心的なポイントを解説します。
1. 「躁病は火、うつ病はその灰」
クコプロスはこの関係を**「躁病は火であり、うつ病はその灰である」**という言葉で表現しました。火(躁状態の興奮プロセス)が燃え上がった結果として、灰(うつ状態のエネルギー枯渇)が残るという考え方です。つまり、躁状態がなければ、うつ状態も起こり得ないとされています。
2. 「躁」の定義を広く捉える
この理論における「躁」は、単なる気分の高揚(多幸感)だけを指すのではありません。
- 幅広い興奮状態: 精神運動の焦燥(イライラ)、激しい怒り、不安、思考促迫(考えが次々浮かぶ)といった「精神的な興奮」をすべて躁の要素として含みます。
- 混合状態の重視: 一見すると純粋なうつ病に見える状態でも、その約半数は躁の症状が混じった**「混合性うつ病」**であり、躁的興奮がうつを駆動しているとクコプロスは推計しました。
3. 治療におけるパラダイムシフト
この理論は、現代の精神医学における「うつ病には抗うつ薬」という常識を覆します。
- 抗うつ薬のリスク: 躁の状態がうつの原因であるなら、抗うつ薬で気分を「持ち上げる」ことは、火(躁のプロセス)に油を注ぐようなものです。実際、抗うつ薬が躁転や症状の急速なサイクル(ラピッドサイクリング)を引き起こし、結果としてうつを悪化させる可能性が指摘されています。
- 気分安定薬の優先: 治療の目的はうつを直接治すことではなく、根本にある「躁的興奮」を抑えることに置かれます。躁の興奮を適切に鎮めれば、二次的なうつも自然に防げると考えられています。
4. 神経生物学的な裏付け
近年の脳科学研究では、人間には本来**「優越性イリュージョン(自分を過大評価するポジティブな偏り)」**という躁に近い生存戦略が備わっていることが示唆されています。このポジティブなエネルギーが維持できなくなった(火が消えた)反動としてうつが訪れるというモデルは、躁病の優位性と一貫性があります。
この理論は、従来の「うつ病」という診断そのものが、実は「躁うつ病(双極性障害)」の一部を見ているに過ぎない可能性を示唆しています。
