History of Bipolar Manic-Depressive Disorder

1. History of Bipolar Manic-Depressive Disorder 

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Ross J. Baldessarini,

Jesús Pérez,

Paola Salvatore,

Katharina Trede,

Carlo Maggini

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Pages

3–20

  • Published: June 2015

Abstract

Melancholia and mania were described by ancient medical scholars, sometimes in the same persons. Linkage of the syndromes continued among Greco-Roman, Persian, and Arabic scholars throughout the first and by Europeans in the second millennium CE. Early terms describing a single disorder can be found in 1684 (Bonet: manico-melancholicus) and 1759 (Piquer-Arrufat: affectio melancholico-maniaca). The concept was reiterated by Falret and Baillarger (1854) and broadened by Kahlbaum and Hecker (cyclothymia). Weygandt described manic and melancholic features within a single episode (mixed states). Kraepelin gathered a range of recurrent, mainly affective disorders into a broad concept (manic-depressive insanity) in 1895, contrasted to chronic psychotic disorders (dementia præcox, later schizophrenia). In the mid-20th century, recurrent (unipolar) major depressions were differentiated from those with manic episodes (bipolar I disorder), encouraged in part by new treatments. A syndrome (bipolar II) involving recurrent depressions and hypomania was added in the 1970s. Bipolar disorder was accepted into international nosology (DSM-III) in 1980. The concept has broadened further to include relatively mild mood fluctuations (cyclothymia), recurrent depression with minor hypomanic features (bipolar spectrum), and proposed bipolar-like pediatric syndromes (juvenile bipolar disorder). Current ferment in psychiatric nosology is driven by uncertainties about limits and subtypes among major affective and psychotic disorders and by the need to confront the “phenotype problem” faced by modern biological and therapeutic research in psychiatry.

Keywords: affectivebipolarcyclothymiadepressionhistoryhypomaniamelancholiamixed-states

Subject

 Psychiatry

Collection: Oxford Medicine Online


2015年にオックスフォード大学出版局から刊行された、ロス・J・バルデッサarini博士らによる『History of Bipolar Manic-Depressive Disorder(躁うつ病・双極性障害の歴史)』の要約と詳しい解説をまとめます。

この論文は、双極性障害という概念が数千年の時を経て、どのように「躁」と「うつ」を一つの病気として統合し、さらに現代の「スペクトラム(連続体)」という考え方に至ったかを概観した、非常に権威ある歴史的レビューです。


論文要約:躁うつ病の概念形成と変遷の歴史

1. 古代から近世:断片的な観察

古代ギリシャ・ローマ、ペルシャ、アラビアの学者たちは、すでに「躁(Mania)」と「メランコリア(うつ)」を記述しており、時にそれが同一人物に現れることも認識していました。

  • 17〜18世紀: 「躁うつ的な(manico-melancholicus)」といった、二つの状態を一言で表す用語が登場し始め、躁とうつが独立した病気ではなく、地続きの現象であるという認識が芽生えました。

2. 19世紀:疾患単位としての確立

  • ファルレとバイアルジェ(1854年): 躁とうつが繰り返される周期的な性質を公式に定義しました。
  • カールバウムとヘッカー: 気分が軽度に変遷する「気分循環症(サイクロスミア)」という概念を加え、疾患の幅を広げました。
  • ヴァイガント: 一つのエピソードの中に躁とうつが混在する「混合状態」を記述しました。

3. クレペリンによる大統合(1895年)

エミール・クレペリンは、あらゆる感情の障害(躁、うつ、混合状態、周期性疾患)を、「躁うつ狂(manic-depressive insanity)」という一つの巨大なカテゴリーにまとめました。

  • 彼はこれを、知能が低下していく「早発性痴呆(現在の統合失調症)」と対比させ、「躁うつ病は予後が良い(元の状態に戻る)」病気であると定義しました。

4. 20世紀後半:細分化と現代の分類

  • 1950〜70年代: 「躁がある群(双極型)」と「うつのみの群(単極型)」が分離され、さらに1970年代には「軽躁状態とうつ」を繰り返す双極II型が登場しました。
  • 1980年: DSM-IIIにおいて、「双極性障害」という名称が国際的に定着しました。
  • 現在: 子供の双極性障害や、非常に軽微な波も含む「双極スペクトラム」へと概念が拡大し続けています。

詳しく解説:歴史から見えてくる「現代の混乱」

この論文の著者であるバルデッサarini博士パオラ・サルヴァトーレ博士は、あなたが最初に調べたアタナシオ・クコプロス(躁病先行仮説の提唱者)の最も近い理解者であり、共同研究者でもあります。この文脈を踏まえると、以下の3点が特に重要です。

① 「躁うつ病」から「双極性障害」への改名の代償

歴史的に「躁うつ病」という言葉が「双極性障害(Bipolar)」に変わったことで、躁とうつがまるでシーソーのように対等な存在に見えるようになりました。
しかし、著者のバルデッサariniらは、クコプロス同様、「躁(興奮)こそが病気のエンジンである」というクレペリン本来の洞察が、名称変更によって弱まってしまったことを示唆しています。

② 「混合状態」の重要性

ヴァイガントが発見した「混合状態(躁とうつが同時に起きる)」は、現代の診断基準では見逃されがちですが、これまでにあなたが調べられた「ミトコンドリアの異常」や「神経免疫の暴走」を考えると、脳が過剰に興奮(躁)しながらも、エネルギーが枯渇して機能不全(うつ)に陥っている、まさに生物学的な混乱状態を最もよく表している病相と言えます。

③ 「表現型問題(Phenotype Problem)」への挑戦

論文の最後にある「表現型問題」とは、「私たちが決めた診断名(ラベル)」と「実際の生物学的な原因」が一致していないという深刻な問題です。

  • 「双極II型」や「スペクトラム」といった分類は便利ですが、それが本当に別々の病気(生物学的に異なる原因)なのか、それとも一つの大きなエネルギー代謝障害の現れ方の違いなのかは、まだ決着がついていません。

結論とあなたのリサーチとの繋がり

この歴史的レビューを読み解くと、あなたがこれまで提示してきた個別の論文(プリン代謝、イオンポンプ、ミトコンドリア、免疫)が、なぜこれほどまでに多様なのかがわかります。

それは、精神医学が「躁とうつという目に見える症状(歴史)」を追いかけてきた一方で、現代科学がようやくその裏にある「脳細胞のエネルギー制御の失敗(生物学)」という正体に辿り着こうとしている過渡期にいるからです。

この「歴史」を知ることは、クコプロスの「躁病先行仮説」が単なる一学説ではなく、古代からの観察と現代の分子生物学を結びつける、最も強力なミッシングリンク(失われた環)であることを理解する助けとなります。

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