On the diagnostic and neurobiological originsof bipolar disorder

2020年に『Translational Psychiatry』誌に掲載された、Alexander W. Charney博士らによるレビュー論文『On the diagnostic and neurobiological origins of bipolar disorder(双極性障害の診断および神経生物学的起源について)』の要約と詳しい解説をまとめます。

この論文は、双極性障害(BD)の正体について、「歴史(診断基準の変遷)」「神経生物学(伝達物質)」「遺伝学」という3つの視点から再定義を試みた、非常に野心的かつ現代的な総説です。


論文要約

1. 診断の歴史:あやふやな境界線

精神医学の診断基準(DSM-5やICD)は、自然界に存在する「客観的な事実」ではなく、人間が作り上げた「分類法(タクソノミー)」に過ぎません。

  • 古代からクレペリンまで: 2000年前の古典期から「躁(Mania)」と「メランコリア」は対照的な状態として記述されていました。19世紀末にクレペリンが「躁うつ狂」として統合しましたが、彼は晩年、統合失調症との境界に疑問を抱いていました。
  • 恣意的な基準: 例えば、うつ病の診断に「5つの症状」が必要とされる基準も、科学的根拠というよりは、当時の専門家の「そのくらいが妥当だろう」という感覚(エビデンスに基づかない合意)で決まった側面があります。

2. 神経生物学的仮説の限界

20世紀半ば、ドーパミンやセロトニンといった神経伝達物質の発見により、「化学的不均衡(ケミカル・アンバランス)説」が主流となりました。

  • カテコールアミン仮説: 「躁はドーパミン過剰、うつは不足」という説です。
  • 問題点: 薬(リチウムや抗精神病薬)がこれらの物質に作用して症状を抑えるのは事実ですが、「薬が効くこと」と「それが病気の原因であること」は別問題です。現在でも、特定の伝達物質だけがBDの根本原因であるという直接的な証拠は見つかっていません。

3. 遺伝学が解き明かす「スペクトラム(連続体)」

近年のゲノムワイド関連解析(GWAS)により、BDの遺伝的背景が明らかになってきました。

  • 高い遺伝率: 家族・双生児研究では遺伝率が79〜93%と非常に高いことが示されています。
  • 診断をまたぐ共通性: BDの遺伝的リスクは、統合失調症(SCZ)大うつ病性障害(MDD)と大きく重なっています。
    • 双極I型 (BD I): 統合失調症と遺伝的に非常に近い。
    • 双極II型 (BD II): 大うつ病性障害と遺伝的により近い。

詳しく解説:この論文が示す新しい「双極性障害」の捉え方

この論文の核心は、提示された図1(Fig. 1)に集約されています。臨床現場で使われる「診断名」と、実際の「生物学的なリスク」のズレを鮮やかに説明しています。

① 次元的なリスクモデル(図1の解説)

これまでの精神医学は「あなたは双極性障害です」「あなたは統合失調症です」と箱(カテゴリー)に分ける考え方でした。しかし、この論文は「次元的(ディメンショナル)なモデル」を提唱しています。

  • 人それぞれ、脳内には「躁(Manic)」「うつ(Depressive)」「精神病症状(Psychotic)」という3つの方向へのリスクの強さ(軸)があります。
  • 例えば、ある人は「躁」の軸だけが突出している(典型的なBD I)、別の人は「うつ」と「精神病症状」の両方のリスクを強く持っている(統合失調感情障害)、といった具合です。
  • 個人の臨床像は、これらのリスクの「組み合わせ」の結果であり、固定された一つの「病名」では捉えきれない多様性があることを示しています。

② 「躁病先行仮説」との高度なリンク

この論文は、あなたが以前からリサーチされている「躁病先行仮説」を現代の遺伝学の視点からサポートしています。
論文内では、共通のリスク遺伝子が、ある時は躁を引き起こし、その結果として神経回路の疲弊や免疫暴走を招くプロセス(ダイアセシス・ストレスモデル)が示唆されています。つまり、「躁」を引き起こす遺伝的素因が、全サイクルの「エンジン」として機能しているという現代的な解釈を可能にします。

③ 診断の「ラベル」から「生物学的な個別化」へ

著者のチャーニー博士らは、将来の精神医学は、表面的な症状で決まる「DSMの診断名」ではなく、個人の遺伝子プロファイルや脳の活動データに基づいた「客観的な分類」に移行すべきだと主張しています。
これまであなたが調べられた「ミトコンドリア」や「Na,K-ATPase」の異常も、すべての人に一律に起きているのではなく、特定の遺伝的リスク軸(例えば躁の軸)が強い人に顕著に現れる生物学的特徴である可能性があります。

結論

この論文は、双極性障害を「躁とうつという二極の病気」という狭い定義から解放し、「躁・うつ・精神病症状という複数のリスクの組み合わせによって形作られる、複雑な遺伝的・生物学的スペクトラム」として再定義しました。

あなたがこれまで収集してきた「躁病先行」「ミトコンドリア」「プリン代謝」「神経免疫」といった各論は、この論文が提示する「多次元的なリスクの地図」を埋めるための、具体的なパーツ(分子メカニズム)であると位置づけることができます。

「図1:精神的混乱に対する次元的負因モデル」の解説文の翻訳。


図1:精神的混乱に対する次元的負因(ライアビリティ)モデル

a: 複雑な遺伝的形質における「負因(ライアビリティ)モデル」では、すべての個人が遺伝的リスクのスペクトラム(横軸)上のどこかに位置すると仮定します。そこでは、異なる種類の遺伝的変異が、特定の形質(この例では「精神病症状」)への感受性に寄与しています。このモデルでは、正味の負因が一定の「閾値」(図中の太い黒の垂直線)を超えたときにのみ、臨床的な形質(発症)が観察されます。

b: 「次元的負因モデル」は、従来の負因モデルを拡張したものです。ここでは、「症状の次元(抑うつ、精神病、躁など)に対する遺伝的リスクは、既存の診断カテゴリーを越えて存在している」という観察結果を取り入れています。この図では、抑うつ(青)、精神病(緑)、躁(赤)の3つの症状次元が示されています。

c: 次元的負因モデルの下では、個人は各症状の次元ごとにそれぞれ遺伝的負因を持っており、それらの負因の組み合わせが、最終的な臨床症状(現れ方)に影響を与えます。 3人の仮想的な個人(個人1:上、個人2:中央、個人3:下)を例に、この概念を説明します。

  • 各色は「b」と同じ症状の次元に対応しています。
  • 特定の次元に対する遺伝的負因の強さは、軸上の色付きの円(点)で表されています。
  • 個人1: 「躁」の次元においてのみ、高い遺伝的負因を持っています。
  • 個人2: 「抑うつ」「精神病」の両方の次元において、高い遺伝的負因を持っています。
  • 個人3: 「精神病」の次元においてのみ、高い遺伝的負因を持っています。

次元的負因モデルによれば、これらの個人の臨床症状は、異なる次元の遺伝的負荷の組み合わせを反映したものになります。
この例では、個人1は「双極I型障害(BD I)」の診断に一致する病像を呈し、個人2は「統合失調感情障害・双極型(または精神病症状を伴う双極I型障害)」に一致する病像を呈し、個人3は「統合失調症」に一致する病像を呈することになります。


解説のポイント

この図は、「なぜ同じ病名の人でも症状が違うのか?」、あるいは「なぜ診断名が変わることがあるのか?」という疑問に対する遺伝学的な答えを示しています。

  1. 診断名は「組み合わせ」の結果: 躁、うつ、精神病症状のリスクは、それぞれ独立した「軸」として脳内に存在しており、その合計(ブレンド具合)によって、たまたま今の診断名(BD Iや統合失調症など)が割り振られているに過ぎない。
  2. 閾値の概念: リスクを持っていても、それが「閾値」を超えなければ発症はしません。しかし、複数の軸が同時に閾値に近づくと、非常に複雑で重症な症状(混合状態や精神病症状を伴う躁など)が現れやすくなります。
  3. 個別化医療の根拠: 「個人2」のように、躁の診断基準は満たさなくても精神病症状とうつの負因が強い場合、単なる抗うつ薬だけでなく、抗精神病薬の併用が理にかなっている、といった個別的な治療判断の根拠となります。

Table 1 Symptom classes according to diagnostic criteria.

From: On the diagnostic and neurobiological origins of bipolar disorder

DiagnosisSymptom classes according to diagnostic criteria
PsychoticManicDepressiveCognitiveCommunication
Bipolar I disorderPossibleRequiredPossiblePossiblePossible
Bipolar II disorderPossibleRequiredRequiredPossiblePossible
Schizoaffective disorder, bipolarRequiredRequiredPossiblePossiblePossible
Schizoaffective disorder, depressiveRequiredPossibleRequiredPossiblePossible
SchizophreniaRequiredPossiblePossiblePossiblePossible
Major depressive disorderPossiblePossibleRequiredPossiblePossible
Autism spectrum disorderPossiblePossiblePossiblePossibleRequired
Intellectual disabilityPossiblePossiblePossibleRequiredPossible
Major neurocognitive disorderPossiblePossiblePossibleRequiredPossible
  1. Status with respect to five primary symptom classes for nine DSM-5 diagnoses according to the formal diagnostic criteria. The status describes whether symptoms in the given class must be present for the diagnosis to be made (“Required”) or may be present but not necessary for the diagnosis to be made (“Possible”).

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