この文献は、現代精神医学においてうつ病を主役とする従来の捉え方を見直し、躁状態こそが気分障害の本質であるという「躁病優位説(The primacy of mania)」を提唱しています。著者らは、躁病を単なる多幸感だけでなく広範な興奮プロセスとして再定義し、うつ病はその興奮の結果として生じる二次的な反応であると論じています。この理論的枠組みは、従来の抗うつ薬を中心とした治療体系に疑問を投げかけ、躁的な興奮を抑制することでうつを予防するという新しい治療アプローチの必要性を強調しています。臨床的および薬理学的な証拠に基づき、気分障害の診断と治療の優先順位を根本から再考することが、本論文の主要な目的です。
この論文は、現代精神医学における「うつ病」と「躁病」の関係性を根本から再考する躁病第一主義を提唱しています。著者らは、躁病を単なる多幸感ではなく広範囲な興奮状態と定義し、うつ病はその興奮プロセスの後に生じる二次的な結果であると主張しています。この視点に立てば、治療の焦点は従来の抗うつ薬による気分の浮揚から、過剰な興奮の抑制へと移行し、それによってうつ状態を未然に防ぐことが重要になります。本テキストは、この仮説が正しい場合に必要となる既存の治療体系の抜本的な見直しと、その実証に向けた議論の枠組みを提示しています。
The primacy of mania: A reconsideration of mood disorders Published online by Cambridge University Press: 16 April 2020 1 Athanasios Koukopoulos andS. Nassir Ghaemi Show author details Athanasios Koukopoulos* Affiliation: Centro Lucio Bini, 42, Via Crescenzio, 00193Rome, Italy S. Nassir Ghaemi Affiliation: Mood Disorders Program, Department of Psychiatry, Tufts Medical Center, Boston, MA, USA * * Corresponding author. Tel.: +39 06 687 4727; fax: +39 06 6880 2345. E-mail address : a.koukopoulos@fastwebnet.it ((A. Koukopoulos). Article 2 Comments 3 Metrics 1 Article contents Abstract 2 References Get accessShare Cite Abstract In contemporary psychiatry, depression and mania are conceived as different entities. They may occur together, as in bipolar disorder, or they may occur separately, as in unipolar depression. This view is partly based on a narrow definition of mania and a rather broad definition of depression. Generally, depression is seen as more prominent, common, and problematic; while mania appears uncommon and treatment-responsive. We suggest a reversal: mania viewed broadly, not as simply episodic euphoria plus hyperactivity, but a wide range of excitatory behaviors; and depression seen more narrowly. Further, using pharmacological and clinical evidence, and in contrast to previous theories of mania interpreted as a flight from depression, we propose the primacy of mania hypothesis (PM): depression is a consequence of the excitatory processes of mania. If correct, current treatment of depressive illness needs revision. Rather than directly lifting mood with antidepressants, the aim would be to suppress manic-like excitation, with depression being secondarily prevented. Potential objections to, and empirical tests of, the PM hypothesis are discussed.
「躁病の優位性(The Primacy of Mania)」とは、精神科医アタナシオス・クコプロス(Athanasios Koukopoulos)が提唱した、**「躁状態こそが感情障害の一次的な原因であり、うつ状態はその結果(二次的な産物)に過ぎない」**とする革新的な理論です。
1. 「躁病は火、うつ病はその灰」
クコプロスはこの関係を**「躁病は火であり、うつ病はその灰である」**という有名な比喩で表現しました。
- 因果関係: 火(躁状態の興奮プロセス)が燃え上がった結果として、灰(エネルギーが枯渇したうつ状態)が残るという考え方です。
- 一方向性: 躁状態はうつ状態を引き起こしますが、その逆(うつが躁を引き起こすこと)は必ずしも起こらないとされています。
2. 「躁」の定義を広範に捉える
この理論における「躁」は、単なる気分の高揚や多幸感だけを指すのではありません。
- 興奮状態(Excitation): 精神運動の焦燥(イライラ)、激しい怒り、不安、思考促迫といった**「精神的な興奮」**をすべて躁の要素として含みます。
- 混合状態の重視: 一見すると純粋なうつ病に見える状態でも、その約半数は躁の症状(焦燥や内面の緊張など)が混じった**「混合性うつ病」**であり、躁的興奮がうつを駆動していると考えました。
- 気質との関連: 生まれつき活動的で自信に満ちた**「高揚気質(ハイパーサイミック)」**などの気質も、将来的なうつ状態の「火種」となり得ると指摘されています。
3. 治療における重大な転換
この理論は、現代の「うつには抗うつ薬」という常識に対し、強い警鐘を鳴らしています。
- 抗うつ薬のリスク: 躁の状態がうつの根本原因であるなら、抗うつ薬で気分を持ち上げようとすることは、火(躁のプロセス)に油を注ぐようなものです。これが躁転や、症状の急速なサイクル(ラピッドサイクリング)を引き起こし、長期的には病状を悪化させる可能性があると警告しています。
- 気分安定薬の優先: 治療の目的はうつを直接治すことではなく、根本にある「躁的興奮」を抑えることに置かれます。火(躁)を適切に消し止めれば、二次的な灰(うつ)も自然に防げると考え、リチウムや抗精神病薬などの活用を重視しました。
4. 神経生物学的な裏付け
近年の脳科学研究では、人間には本来、自分を過大評価するポジティブな偏りである**「優越性イリュージョン」**という機能が備わっていることが示唆されています。
- このポジティブなエネルギー(ドーパミン系回路の活動)が過剰に燃え上がり、維持できなくなった反動としてうつが訪れるというモデルは、クコプロスの「躁病の優位性」と神経生物学的に整合性があります。
この理論は、従来の「うつ病」という診断そのものが、実は「躁うつ病(双極性障害)」の別の一側面を見ているに過ぎない可能性を示唆しています。
「興奮プロセス(Excitation process)」は、精神科医アタナシオス・クコプロスが提唱した「躁病の優位性」理論における中心的な概念です。このプロセスを理解することは、双極性障害やうつ状態の本質を捉え直す上で非常に重要です。
1. 「火」としての興奮、その「灰」としてのうつ
クコプロスは、躁状態とうつ状態の関係を**「躁病は火であり、うつ病はその灰である」**という比喩で説明しました。
- 因果関係: 躁的な興奮プロセスが燃え上がった結果として、エネルギーが枯渇し、二次的な産物として「うつ」という灰が残ります。
- 一方向性: 躁状態(興奮)はうつ状態を引き起こしますが、その逆(純粋なうつが躁を引き起こすこと)は通常起こらないと考えられています。
2. 広義の「興奮」の定義
この理論における「興奮」は、単に気分が良い状態(多幸感)だけを指すのではありません。
- 多様な症状: 精神運動の焦燥(イライラ)、激しい怒り、不安、思考促迫、衝動性といった、精神的なエネルギーが過剰に活動している状態をすべて「興奮」の要素として含みます。
- 混合状態の核心: うつ病と診断されるケースの多くが、実はこの「興奮」の要素が混ざった混合性状態であり、その興奮が症状を駆動していると指摘されています。
3. 神経生物学的なメカニズム
興奮プロセスは、脳内の神経活動のパターンとしても説明されます。
- 神経の放電と不応期: 神経細胞が激しく放電(興奮)した後は、一時的に刺激に反応できなくなる「不応期」が訪れます。クコプロスはこの不応期が「うつ状態」に相当すると考えました。
- エネルギーの浪費: ドーパミン活性が高まり、脳内の回路が過剰に活動する興奮状態はエネルギー消費が非常に激しいため、長時間維持することはできず、必然的にエネルギー切れ(うつ)の状態へ移行します。
4. 治療への影響:火に油を注がない
興奮がうつの根本原因であるなら、従来の治療法は見直しが必要になります。
- 抗うつ薬のリスク: 興奮のプロセスが進行している時に抗うつ薬で気分を持ち上げようとすることは、**「火に油を注ぐ」**ようなものです。これが躁転や、病状の悪化(ラピッドサイクリング)を招く原因になると警告されています。
- 興奮の抑制を優先: 治療の第一目標はうつを治すことではなく、根本にある躁的興奮を鎮めること(気分安定薬や抗精神病薬の使用)に置かれます。
このように、「興奮プロセス」を病気のエンジンとして捉える視点は、単なる「気分の波」という理解を超えた、より動的なモデルを提示しています。
