民主主義の機能は何かの話の中で、
私は民主主義の機能は決定プロセスで、一人一票を行使して、多数決をすることだと思っていたが、
それだけではなくて、
民主主義は、国民に物質を与え、情念を養成するものなのだという。
あまり納得できていないが、人間が集団を作る時はそういうものだろうという話は分かる。
集団維持原理と資本主義はまた別の原理だろうと思う。
国家ならば、食と安全を提供し、税金を徴収し、集団帰属意識を与える。
会社ならば、資本主義の一方で、会社創建の志とか社会貢献とか家族主義と環境主義とかあるわけだ。
家族ならば、物質的・金銭的な共同体であると同時に、精神的情動的連帯が発生し、場合によっては、偉かった先祖の話が伝えられていたりする。
集団な統治にあたり、物質側面、つまり、衣食住、感染防御、洪水対策、戦争対策など物質面の安定化は提供するが、精神的情動的側面では何も提供しない、つまり、帰属意識とか、アイデンティティとか、集団の歴史の共有とか、未来の希望の共有とか、そういったものについては、なにもサポートしないとして、そのような集団が永続するものだろうか。
たぶん、無理だろう。物資でも面倒を見て、精神でも面倒を見る集団統治技術が優越するので、そのようなリーダーグループが支配権を奪取するだろう。
明治維新の一面としては、対立する集団のアイデンティティの戦争だった。
こんなふうに考えてみると、集団に物質と精神を供給するのは、民主主義の特質というわけではなく、集団統治とは一般にそのようなものだということなのだろう。
統治技術としては、民主主義よりも、神権政治、専制政治、君主政治、などの方が、情念とか精神を与えられる気がする。
その点でも、民主主義は能率が悪いともいえる。
天皇制軍国主義の時代の方が精神や情念は燃え上がっていた。そのせいで大変なことになってしまったとしても。
民主主義の貫徹が、それほど意義のあることと思うことができるのは、人間についてかなり深く研究した後にやっと得られる認識ではないだろうか。
高校3年生が積分計算をすることよりも、ずっと難しそうだ。
試験に出たら一応答えは書けるけれども、実につくまでにはかなりかかりそうだ。
