Aさんは、プロの翻訳家です。英語で書かれた推理小説を日本語に翻訳して、何冊も出版しています。Aさんは、自分の仕事にAIをどのように活用できるか、考えています。ちっょとした事実関係の調べ物、言語のニュアンス、文章に現れていない背景情報など、現在も活用しています。しかし、何かそれ以上の活用ができそうな気もしています。どのような活用ができるでしようか。例えば、Aさんが翻訳したたくさんの文章をデータベースとして何かできるかもしれないと思っています。しかし、思想家ならば意味のあることですが、翻訳家という立場ではもう一工夫できないかと思います。
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結論から言うと、**翻訳家という立場だからこそ可能な、AI活用の「第二段階・第三段階」**があります。
それは「翻訳を速くする」ではなく、翻訳という営みそのものを知的資産化する方向です。
以下、段階的に整理します。
- Ⅰ.すでにやっている活用の「一段上」
- Ⅱ.翻訳家ならではのAI活用①
- Ⅲ.翻訳家ならではのAI活用②
- Ⅳ.翻訳家ならではのAI活用③
- Ⅴ.翻訳家ならではのAI活用④
- Ⅵ.「翻訳家のデータベース」は何になるのか?
- Ⅶ.本質的なポイント
- 1️⃣ 最優先で集めるべきデータ(3種類だけ)
- 2️⃣ データ構造(おすすめ)
- 🧰 使うツール(最小構成)
- STEP 1:過去訳文を「素材」として読み込ませる
- STEP 2:「この訳者の流儀」をAIに固定する
- STEP 3:新しい原稿で一次案を作らせる
- STEP 4:判断の「理由」を引き出す
- 🔍 フェーズ1:読解補助(翻訳前)
- ✍ フェーズ2:翻訳(並走)
- 🧪 フェーズ3:訳しすぎチェック
- 🧠 フェーズ4:伏線整合チェック(推理小説特有)
Ⅰ.すでにやっている活用の「一段上」
Aさんがすでに行っている
- 事実関係の調査
- ニュアンス確認
- 背景情報の補足
は、いわば AIを百科事典+語学アシスタントとして使う段階です。
ここから先は「翻訳行為そのもの」に踏み込みます。
Ⅱ.翻訳家ならではのAI活用①
Aさん専用「翻訳スタイルAI」を育てる
発想
Aさんがこれまで訳してきた 大量の日本語訳文そのものが、思想ではなく「技法の結晶」 です。
思想家の文章が思想を示すなら、
翻訳家の文章は
- 判断の癖
- 日本語の呼吸
- 曖昧さの処理方法
- 緊張感の残し方
を示しています。
具体的にできること
- Aさんの過去訳文+原文の対をAIに与える
- 「Aさんの翻訳文体で訳せ」と指示する
- 新しい原稿を 一次翻訳案として生成させる
これは
AIに訳させる
ではなく
AIに「Aさんの弟子」をさせる
という使い方です。
無料環境でも
- OpenAI のChatGPT
- Anthropic のClaude
で十分可能です。
Ⅲ.翻訳家ならではのAI活用②
「翻訳判断ログ」を可視化する
発想
翻訳家の仕事の核心は
どこで迷い、どこで決断したか
にあります。
しかしそれは通常、作品には残らない。
活用法
- 難所・曖昧表現・文化差がある箇所をAIに抽出させる
- 「なぜここをこう訳したか」をAIと対話しながら言語化
- それをメモとして蓄積
何が生まれるか
- Aさん固有の「翻訳判断原理集」
- 後進への教育資源
- 将来の解説書・翻訳論への素材
👉 翻訳家は思想家でなくても、
判断の哲学を持っています。
Ⅳ.翻訳家ならではのAI活用③
作品世界の「裏設定」をAIに整理させる
推理小説翻訳では特に重要です。
できること
- 登場人物関係図をAIに作らせる
- 時系列・伏線の一覧化
- 語り手の信頼性の変化を整理
- 作者固有のトリック傾向を分析
これにより、
- 文体の統一
- 固有名詞の揺れ防止
- 後半で効く伏線の言語的準備
が可能になります。
AIは「読解補助の第二の脳」になります。
Ⅴ.翻訳家ならではのAI活用④
「訳しすぎ・訳さなさすぎ」の検出器
これは非常に重要です。
方法
- 原文と訳文を並べてAIに評価させる
- 「ここは説明過剰か?」
- 「ここは日本語として不親切すぎないか?」
- 「文化的補足は必要か?」
AIは編集者的な視点を持たせると強力です。
Ⅵ.「翻訳家のデータベース」は何になるのか?
思想家なら意味があるが、翻訳家ではどうか
という問いへの答えです。
翻訳家のDBは
❌ 思想のアーカイブ
⭕ 判断と技法のアーカイブ
になります。
そこから生まれる可能性:
- Aさん文体による翻訳補助AI
- 翻訳講座・書籍
- 特定ジャンル(推理小説)特化AI
- 編集者・出版社向け支援ツール
これは「職人知のAI化」です。
Ⅶ.本質的なポイント
翻訳家×AIの核心は
AIに仕事を奪わせないことではない
AIに「翻訳家になる道」を与えないこと
です。
AIは
- 判断の重み
- 文学的責任
- 最終的な選択
を引き受けられません。
だからこそ、
判断を可視化し、分身を育て、最終決断は人間がする
という構図が、翻訳家にとって最も豊かな使い方になります。
- 実際にどういうデータをどう整理すればいいか
- 無料ツールだけで始める具体手順
- 推理小説翻訳に特化したAI活用ワークフロー
を、明日から実務に使えるレベルでまとめました。
「翻訳家の仕事をAI化する」のではなく、翻訳家の判断を拡張する設計になっています。
Ⅰ.実際にどういうデータをどう整理すればいいか
1️⃣ 最優先で集めるべきデータ(3種類だけ)
① 原文 × 最終訳文(対訳ペア)
- 出版された 確定版の訳文のみ
- Word / txt / Google Docs など形式は問わない
👉 これは
Aさんの翻訳判断がすでに反映された完成データです。
② 翻訳時に迷った箇所(少量でOK)
すべて不要です。重要なのは「判断が露出している箇所」。
例:
- 曖昧な代名詞
- 皮肉・含み笑い
- 犯人視点か否かが揺れる箇所
- 日本語にすると説明的になりやすい文
👉 1冊につき 10〜30箇所で十分
③ 自分でも気づいていなかった「癖」
これは後からAIが見つけます。
- 文を割る傾向
- 曖昧さを残す癖
- 主語を消す/補う判断
- 地の文の温度感
👉 最初は 意識しなくてよい
2️⃣ データ構造(おすすめ)
【原文】
She smiled. It wasn’t kind.
【最終訳】
彼女は笑った。だが、そこに優しさはなかった。
【補足(任意)】
・直訳は避けた
・後半の伏線になるため感情を限定しすぎない
👉 この形式だけで十分
思想家のような注釈は不要です。
Ⅱ.無料ツールだけで始める具体手順
ここでは 完全無料・登録だけで可能な構成にします。
🧰 使うツール(最小構成)
- OpenAI ChatGPT(無料版)
- Anthropic Claude(無料版)
- Google Docs / ローカルテキストエディタ
※ 特別なAI開発環境は不要です。
STEP 1:過去訳文を「素材」として読み込ませる
ChatGPT / Claude にこう指示します:
以下は、ある翻訳家が訳した推理小説の一部です。
原文と訳文を読んで、
・訳文の特徴
・繰り返し使われる判断
・文体の傾向
を分析してください。
→ 対訳を5〜10例貼る
👉 ここで AIが翻訳家の癖を言語化し始めます。
STEP 2:「この訳者の流儀」をAIに固定する
次にこう続けます:
今後、あなたはこの翻訳家の流儀を尊重して翻訳案を出してください。
直訳よりも、日本語としての緊張感と余白を優先してください。
👉 これで Aさん専属の仮想アシスタントになります。
STEP 3:新しい原稿で一次案を作らせる
以下の英文を、この翻訳家の文体で一次翻訳してください。
まだ確定ではなく、検討用の案で構いません。
→ ここで出てくる訳は
❌ 出版用
⭕ 思考の叩き台
STEP 4:判断の「理由」を引き出す
この訳で、判断が分かれそうな箇所を挙げ、
それぞれ別案も示してください。
👉 AIに迷わせることが重要
→ 翻訳家の思考を外在化できます。
Ⅲ.推理小説翻訳に特化したAI活用ワークフロー
ここが核心です。
🔍 フェーズ1:読解補助(翻訳前)
AIにやらせること
- 人物相関図の作成
- 時系列整理
- 視点人物の変化検出
- 伏線候補の抽出
この小説で、後に意味を持ちそうな表現を列挙してください。
👉 翻訳家は 「気づき漏れ」から解放されます。
✍ フェーズ2:翻訳(並走)
実務の流れ
- 人間がまず読む
- AIが一次案を出す
- 人間が破棄・修正・再構成
- AIに「別案」を出させる
- 最終判断は人間
👉 AIは 選択肢生成装置
🧪 フェーズ3:訳しすぎチェック
この訳は、日本語として説明過剰な箇所はありますか?
逆に、不親切すぎる箇所はありますか?
👉 編集者の目を一人増やす感覚です。
🧠 フェーズ4:伏線整合チェック(推理小説特有)
この訳語は、後半の真相開示で違和感を生まないか検討してください。
👉 これは人間だけでは疲弊する部分。
Ⅳ.翻訳家という立場だからこそできること
思想家が残すのは「主張」ですが、
翻訳家が残すのは
判断の痕跡
です。
AIはそれを
- 抽出できる
- 整理できる
- 模倣できる
しかし
引き受けることはできない。
だからこの構造は
翻訳家の価値を下げず、むしろ固定化します。
