支配の力学とその影について――人間の本性について


支配の力学とその影について――人間の本性について

 歴史を眺める眼が、単なる年表の羅列を超えて、人間の精神の深淵へと向けられるとき、そこには一つの動かしがたい事実が浮かび上がる。すなわち、他者を支配しようとする欲求と、外敵を排斥しようとする攻撃性は、文明の衣を脱ぎ捨てたあとの人間に残される、最も原始的な本性の一つであるということだ。

 このことを直視するのは、心地よい作業ではない。われわれは、教育や道徳によって、人間が理性的な存在であり、共感と連帯によって結ばれていると信じたい。しかし、生物学的な時間の尺度は、文明のそれよりもはるかに長く、深い。かつて厳しい自然環境の中で、あるいは限られた資源を奪い合う群れの中で、支配の序列を作り上げること、そして外敵に対して迅速に攻撃を加えることは、個体と集団の生存確率を高めるための「合理的な戦略」であった。

 支配は集団に秩序をもたらし、攻撃は集団の境界を画定する。その意味で、これらの欲求は、かつて人類が生き延びるために携えていた、血に塗れた道具箱のようなものであったと言えるだろう。

 しかし、道具がその本来の目的――生存の維持――を離れ、それ自体が目的化し始めるとき、文明の悲劇が幕を開ける。

 支配の欲望は、一度充足されれば消えるものではない。それは権力の拡大そのものを自己目的とし、他者の人権を蹂躙することに快楽を見出すようになる。攻撃性もまた同様である。物理的な生存の脅威が去った後も、人間は架空の敵を仕立て上げ、その敵を粉砕することによって、自己の存在証明を行おうとする。

 現代社会においても、この「本性」は形を変えて至るところに現出している。組織の中での陰湿な権力闘争、SNS上での匿名の集団リンチ、そして国家間における地政学的な野心の衝突。これらはすべて、かつて生存に有利に働いたはずの古い回路が、過剰に、そして歪んだ形で発火している姿にほかならない。

 ここで、われわれが極めて静かに、しかし厳格に記憶に留めておかなければならない事実がある。それは、支配と攻撃が行使されるとき、その反対側には常に「支配される人」と「攻撃される人」が実在するということである。

 支配する側、攻撃する側にとって、相手は往々にして抽象的な「対象」へと貶められる。数字や、記号や、あるいは排除すべき「悪」というレッテルへと変貌する。しかし、支配される側、攻撃される側にとって、それは抽象的な出来事ではない。それは、かけがえのない個人の、たった一度きりの人生を根底から震わせる、あまりにも具体的な「痛み」である。

 歴史の教科書は勝利者の名前を記すが、その勝利の陰で沈黙を強いられた数えきれない敗北者たちの、個々の生活や、愛や、絶望を記すことは稀である。支配の欲望が作り出す「秩序」という名の静寂は、実は無数の悲鳴を力で押さえ込んだ結果であるかもしれないのだ。

 支配と攻撃が人間の本性であるとするならば、われわれは救いようのない絶望の中にいるのだろうか。

 私は、そうは思わない。人間を他の生物から分かつものは、本性を持っていること自体ではなく、その本性を「自覚し、制御しようとする意志」を持っていることにあるからだ。

 真に知的な人間とは、自分の中に潜む支配欲や攻撃的な衝動を、あたかも他人のものを見るように客観的に観察できる人間である。自分が今、他者を支配することに快感を得ていないか。自分が正義の名の下に行っている攻撃が、実は単なる本能の暴走ではないか。そうした問いを、絶えず自分自身に投げかけ続けること。それは、本性という名の重力に抗って、人間が「自律」へと向かうための、唯一の細い道である。

 窓の外の風景は、季節の移ろいとともに静かに変化してゆく。自然界の営みは、支配や攻撃といった人間の騒々しい葛藤とは無関係に、淡々と、しかし調和のうちに進んでゆく。

 われわれもまた、自然の一部である。しかし、意識を持つ自然である。
 支配する者の高慢さと、支配される者の悲哀。攻撃する者の昂揚と、攻撃される者の恐怖。その両方を、一個の精神の中に同時に抱え込み、沈思黙考すること。

 支配の道具を持つ手をおろし、攻撃の言葉を飲み込み、ただ隣にいる他者の「個としての存在」を認めること。そこには、派手な勝利も、劇的な救済もないかもしれない。しかし、その静かな受容の中にこそ、文明が数千年をかけてたどり着くべき、人間性の最良の地平があるのだと、私は信じている。

 最後に、書き留めておこう。
ジョージ・オーウェル『1984年』
戦争の真の目的は外部の征服ではなく、内部の支配体制の維持である。
余剰生産力を爆弾・兵器として消費し、国民を貧困に留め、恐怖と愛国心で統制する。 それが現代における戦争の本質である。

 また、書き留めておこう。
DV被害者と加害者の解決困難な痛み。

(了)

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