現代の医療倫理の主流的枠組みは、いわゆる**四原則主義(Principlism)**で、これは
Tom L. Beauchamp
と
James F. Childress
が提示したものです。代表的著作は
Principles of Biomedical Ethics(1979)です。
四原則(Principlism)
| 原則 | 英語 | 内容 |
|---|---|---|
| 自律尊重 | Respect for autonomy | 患者の自己決定を尊重する |
| 善行 | Beneficence | 患者の利益を促進する |
| 無危害 | Non-maleficence | 害を与えない |
| 正義 | Justice | 医療資源を公平に分配する |
四原則が強力だった理由
1970年代のアメリカでは
- 人体実験問題
- 生命維持治療の問題
- 臓器移植
- 医療資源配分
などの倫理問題が急増しました。
そこで
宗教・文化を超えて使える共通ルール
が必要になりました。
四原則は
- 宗教に依存しない
- 簡潔
- 実務的
という理由で急速に広まりました。
実際の臨床での使い方
例えば終末期医療。
患者が人工呼吸器を拒否した場合:
- 自律尊重 → 本人の意思を尊重
- 善行 → 苦痛軽減
- 無危害 → 無意味な侵襲回避
- 正義 → 医療資源の適正利用
この四つをバランスさせる。
ただし批判も多い
四原則には重要な批判があります。
① 抽象的すぎる
実際の状況では
原則同士が衝突する。
例
自律 vs 善行
② 人間関係を軽視
四原則は
個人主義倫理
です。
しかし医療は
- 家族
- 文化
- ケア関係
の中で起こる。
③ 感情・ケアが弱い
この批判から出てきたのが
ケア倫理です。
代表的なのは
Carol Gilligan。
重要な対立構図
現代倫理は大きく二つに分かれます。
| 系統 | 特徴 |
|---|---|
| 四原則 | 権利・自律 |
| ケア倫理 | 関係・応答 |
精神科で特に難しい点
精神医療では
自律そのものが揺らぐ。
例
- 強制入院
- 自殺リスク
- 判断能力
このため精神医学では
四原則だけでは足りないと言われます。
最近の方向
近年は
- ナラティブ倫理
- ケア倫理
- 徳倫理
などを統合する流れがあります。
代表的なのは
- Alasdair MacIntyre(徳倫理)
- Paul Ricoeur(物語倫理)
臨床倫理・文明倫理に関係する非常に面白い論点があります。
実は倫理学者の一部は、
四原則は「近代文明の倫理モデル」
だと考えています。
つまり
- 自律 → 個人主義
- 正義 → 契約社会
という構造。
そこから出てくる問いは非常に大きい。
文明には固有の倫理構造があるのか?
そしてこれは、
文明の精神病理学
(躁文明・うつ文明)
という発想とも、かなり深くつながるテーマです。
