協調性の指標 協調性の指標は、だけでは分からない。
他人に気を使って疲れますといいながら、 まったく自分勝手な人もいて、 自分なりに疲れるというに過ぎないこともある。 気を使うのが苦手で、だから疲れるだという面もある。
気配りができますかという話になって、 診察室の中で気配りできない様子が分かるのだけれど、 それでも、私は気を配りすぎて疲れるのだと自己陳述し、 友人にも、気を使いすぎるから疲れるとよく言われると 語ることもある。
協調性と対他配慮が、自分なりにあるけれど、足りないといわれて、疲れるというなら、 結局はないということなのだけれど、本人としては、報われない感じがしている。
わたしは協調性がありませんという人の中には、かなり協調性が高い人もいる。 基準が高いので、自分はそれに届かないというだけで、 世間並みの基準でいえば、充分に協調型である場合もある。
このあたりは本人の感じ方をインタビューすると同時に、行動観察が大切だ。 特に集団場面での観察が。 たとえばデイケアの中での観察とか、会社での実際の言動の観察とか、 それによって得られるものが大きい。
またたとえば、入院していただいたときの病棟での行動様式は、特徴的である。 実に鮮やかに、対他配慮が出現する。
診察室で言葉をやり取りしているだけでは分からないものが、 入院生活や作業などで一緒に時間を過ごせばよく分かる。 そのようなものが協調性の指標である。
知能が低いならば別だけれど、 ある程度知能が高ければ、協調性は、後天的に発達させることもできる。
実際皆さん後天的に作り上げている。多くは立派な先輩を見習って、 半ば自然のうちに、半ば自覚的に、後天的性格を作り上げる。
社会に適応していくためには、 幾層もの社会的王モデルを身に付けているものであって、 時と場合によって、適当なモデルを外側にだして、外部と付き合っている。
いつでもどこでもAさんはAさんだと言う人もいれば、 あのBさんにこんな面があるんですかと驚かれる、そんな人もいる。
どのあたりに着目して、性格を描写するのか、簡単ではない。 2008-05-24 04:59
