第十五章 エキュメニカル運動——分裂したキリスト教の再統合への模索(20世紀)

第十五章 エキュメニカル運動——分裂したキリスト教の再統合への模索(20世紀)


「分裂したキリスト教は福音の証人たりえるか」

1910年、エジンバラ。

世界宣教会議(World Missionary Conference)に、世界中から1200名を超えるプロテスタント宣教師・指導者が集まった。

議題は宣教の戦略だった——しかし会議を通じて、より根本的な問いが浮かび上がった。

「アジア・アフリカで宣教するとき、キリスト者は「どの教会のキリスト教」を伝えるのか。「バプテスト教会のキリスト教」か「長老派のキリスト教」か「英国国教会のキリスト教」か。」

宣教地の人々は問う——「あなたたちは「一つの主・一つの信仰・一つの洗礼(エフェソ4:5)」を語る。しかしなぜあなたたちは分裂しているのか。」

この問いが——20世紀最大のキリスト教運動の一つ「エキュメニカル運動(Ecumenical Movement)」の出発点になった。

「エキュメニカル(oikoumenikos)」——ギリシア語「オイクメネ(oikoumene:全世界に住まわれた世界)」から。「全地球的な」「普遍的な」という意味を持つ。

エキュメニカル運動の問い——「宗教改革以来の分裂を超えて、キリスト者の「可視的一致(Visible Unity)」は可能か。」

カトリック神学との比較から始めよう——エキュメニカル運動は最初、プロテスタント中心の運動だった。カトリックは当初、参加を拒否した——「カトリック教会は「真のキリストの教会(vera Ecclesia Christi)」であり、「分離した兄弟(separated brethren)」が「完全な形でない教会」から「真の教会へ」戻ることが「一致」だ」——という立場から。

この立場が根本的に変わったのが**第二バチカン公会議(第十三章カトリック)**だ——「教会一致令(Unitatis Redintegratio)」は「他のキリスト教共同体にも真のキリスト教的要素がある」と認め、「エキュメニカルな対話」を積極的に推進した。

カトリックのこの変化と、プロテスタントのエキュメニカル運動の発展——これらが20世紀後半の「教会一致への模索」として合流した。


エキュメニカル運動の二つの流れ

20世紀のエキュメニカル運動は、二つの異なる源流を持っていた。

第一の流れ:「信仰と職制(Faith and Order)」

神学的・教義的問いに集中する流れ——「何を信じるか(信仰)」「どのように組織されるか(職制)」における一致を求める。

チャールズ・ブレント(1862〜1929年)——米国聖公会の司教。エジンバラ世界宣教会議後、「信仰と職制に関する世界会議」の召集を提唱した。「教会の可視的一致は神学的な信仰の一致を前提とする」という確信から。

1927年、ローザンヌでの「第一回信仰と職制世界会議」——信条・秘跡・使徒的継承などの神学的問いが議論された。

この流れの神学的前提——「分裂の根本原因は神学的差異だ。神学的対話によって一致点を発見することが「可視的一致」への道だ。」

第二の流れ:「生活と事業(Life and Work)」

社会的・倫理的問いに集中する流れ——「神学では一致しなくとも、現実の社会的問題への共同行動において一致できる」という実践的姿勢。

ネイサン・ゼーダーブロム(1866〜1931年)——スウェーデン・ルター派の大主教。1925年、ストックホルムでの「生活と事業世界会議」を主導した。「教義は分かれるが、奉仕は一つにする(Doctrine divides; service unites)」という標語で知られる。

第一次世界大戦後の荒廃した世界——戦争の傷を癒す社会的取り組みにおいて、キリスト者が共同行動することは可能だ、という確信から。


世界教会協議会(WCC)の設立——1948年アムステルダム

二つの流れは1948年に合流した。

第二次世界大戦直後のアムステルダム——ナチズムへの応答という共通の経験が、教会間の連帯を促した。バルメン宣言(第十一章)がドイツのプロテスタントに「教義を超えた連帯」の経験をもたらしたように——「ナチズムという共通の「敵」への共同の応答」がエキュメニカルな連帯を促した。

1948年8月、**「世界教会協議会(World Council of Churches:WCC)」**が設立された。44カ国147教会が参加。

初代総幹事——ウィレム・フィッサー・トホーフト(1900〜1985年)——改革派の伝統を持つオランダ人神学者。

WCCの基本的性格——「WCCは「スーパーチャーチ(Super-Church)」ではない。参加教会の一致を「可視的に」実現するための「対話・協力・証言の場」だ。」

「親愛なるヴィス(Dear Vis:ヴィッサー・トホーフトへの愛称)」——バルトはWCC設立に対して「支持するが懐疑的だ」という複雑な態度をとった。「可視的一致への取り組みは正しい——しかし「神学的一致なしの組織的一致」は「空の器」になる危険がある。」


WCCの神学的課題——「教会とは何か」

WCCが直面した最も根本的な神学的問いは——**「「一致(Unity)」の内容は何か」**だった。

「教会一致」の異なる理解——

①「有機的一致(Organic Union)」——教会組織・行政・秘跡の完全な統合。「一つの教会」として機能すること。これはWCCが宣言した目標だが、最も達成困難な形式だ。

②「連合(Federation)」——各教会が独立を保ちながら、協力関係を持つ。WCCそのものがこの形式だ——「統合」ではなく「連合」。

③「和解した多様性(Reconciled Diversity)」——各教会の特徴・伝統的差異を「廃棄」するのではなく「和解の中で維持する」一致。ルター派世界連盟が支持した概念。

④「交わり(Koinonia)」としての一致——「可視的組織の一致」よりも「聖霊による交わりの一致」を優先する。

これらの異なる「一致理解」は——各教会の「教会論(Ecclesiology)」の違いを反映する。「教会とは何か」への答えが異なれば、「一致とは何か」への答えも異なる。


「信仰と職制」の成果——「洗礼・聖餐・職制(BEM)」

エキュメニカル運動の神学的成果として最も重要なのが、1982年の文書**「洗礼・聖餐・職制(Baptism, Eucharist and Ministry:BEM)」**——「リマ文書」とも呼ばれる——だ。

50年以上にわたる対話の集大成として、120を超える教会の神学者が合意したこの文書は、三つの主要な秘跡/礼典についての「収斂点」を示した。

洗礼について——「洗礼は「キリストの死と復活への参与」「聖霊の賜物」「教会への編入」として理解される。」——乳児洗礼か信者洗礼かという論点は「収斂」されなかったが、「洗礼の一回性・効力」については合意が示された。

聖餐について——「聖餐は「キリストへの感謝」「記念(Anamnesis)」「「キリストの臨在(Real Presence)」」「聖霊の働き(Epiclesis)」として理解される。」——カトリックの「実体変化」・ルター派の「共在説」・改革派の「霊的臨在」・バプテストの「象徴」という立場の差異は残るが、「聖餐においてキリストは本当に臨在する」という方向での収斂が示された。

職制について——最も難しい問い——「使徒的継承」「司教制の必要性」「女性の叙階」——これらについて「完全な一致」ではなく「収斂の方向と残存する差異の確認」が行われた。

カトリックとWCCの関係——カトリックはWCCの「正式メンバー」ではないが、「信仰と職制」委員会への参加・BEM文書への応答を行っている。BEM文書に対するカトリックの応答は「多くの収斂点を評価しながら、「職制の有効性」「女性叙階」などの問題での差異を確認する」内容だった。


カトリックとプロテスタントの直接対話——ARCIC・ルター派・改革派との対話

第二バチカン公会議以降、カトリックはプロテスタント諸教会との直接の二者間対話を開始した。

聖公会・カトリック国際委員会(ARCIC)

1970年から始まった**「聖公会・カトリック国際委員会(Anglican-Roman Catholic International Commission:ARCIC)」**は、最も進んだ教会間対話の一つだ。

「権威に関する声明(1976年・1981年)」——「教会の権威」という最も困難な問いについて。「教皇の首位性(Primacy)の役割」——「ペトロの職務は全教会の奉仕のために機能する」という収斂が示された。しかし「教皇無謬性(Papal Infallibility)」は残存する差異として確認された。

「救いに関する共同宣言(Salvation and the Church、1987年)」——義認・救いについての収斂——「救いは神の先行的恵みによる。人間の応答は信仰と愛による。これらは対立しない。」——宗教改革の「信仰のみ」論争の中心的問いについての画期的な収斂だ。

「教会としての教会(The Church as Communion、1991年)」——教会論についての収斂——「教会は「交わり(koinonia)」として本質的に理解される。」

残存する最大の障壁——1994年のカンタベリー大主教による女性司教の叙階——これがARICの進展を著しく困難にした。カトリックは「女性叙階は使徒的伝統に反する。女性を叙階した教会との「完全な交わり(Full Communion)」は不可能だ。」という立場を取り、ARICの「職制の相互承認」への道が閉ざされた。

ルター派・カトリック「義認に関する共同宣言(1999年)」

20世紀のエキュメニカル運動の最大の神学的成果として広く評価されるのが——**「義認の教義に関する共同宣言(Joint Declaration on the Doctrine of Justification:JDDJ、1999年)」**だ。

ルター世界連盟とカトリック教会が共同署名したこの文書の核心——

「私たちは共に告白する:人間は自分の功績によってではなく、ただ恩寵によってのみ、キリストへの信仰を通して義とされる(We confess together that by grace alone, in faith in Christ’s saving work and not because of any merit on our part, we are accepted by God and receive the Holy Spirit, who renews our hearts while equipping and calling us to good works)。」

そして——

「ルター派の断罪(Condemnations)はカトリックの本来の教えに当てはまらない。カトリックの断罪はルター派の本来の教えに当てはまらない。」

これは歴史的だ——宗教改革以来470年間、互いに「異端」として断罪してきた「義認論」について、「基本的合意」が確認された。

何が「合意」され、何が「差異」として残ったか——

合意——「救いの根拠は神の恵みだ」「信仰は义认の手段だ」「善行は「義認の根拠」ではなく「義認の実(fruit)」だ」。

残存する差異——「「恵みと自由の協働」の理解の差異」「義認の性格(法的宣言か実在的変容か)」「善行の役割の詳細」「秘跡論・教会論における差異」。

JDDJへの批判——

一部のルター派神学者——「「合意」はあいまいな言語によって達成された。実際には依然として異なるものを意味している。」

一部のカトリック神学者——「義認論の合意は「最小公倍数」的合意に過ぎない。秘跡・教会論・マリア論という「教会一致の実際の障壁」は手つかずだ。」

しかしJDDJの意義は否定できない——「宗教改革を「起こした問い(義認論)」について、500年後に「基本的合意」が確認されたことは——歴史的和解の重要な一歩だ。」


エキュメニカル運動の社会的側面——「ジャスティス・ピース・インテグリティ(JPIC)」

WCCのエキュメニカル運動は「神学的対話」だけでなく、**「共同の証言(Common Witness)」**としての社会的側面も持つ。

「正義・平和・被造物の保全(Justice, Peace and Integrity of Creation:JPIC)」——1983年のバンクーバーWCC総会で採択されたプログラム。

「教義の差異を超えて、今日の世界の最も緊急な問いに共同で応答せよ——核の脅威・人種差別・貧困・環境破壊。」

このプログラムは——**「神学的一致よりも「実践的連帯」を優先する」**という方向性を体現した。

批判——「「実践的連帯」が「神学的一致」の代替になるなら、教会一致の本質が損なわれる。共通行動は「一致の表現」であるべきであり、「一致の代替」であるべきではない。」

カトリック社会教説との関係——カトリックの「正義と平和評議会」がWCCのJPICと協力した——これは「神学的立場の差異を超えた社会的問題への共同行動」の具体例だ。解放神学(第十四章カトリック)との接続も深い。


「霊的エキュメニズム(Spiritual Ecumenism)」——制度を超えた一致

エキュメニカル運動の中に——「制度的対話」と異なる次元での一致を求める流れがある。

テゼ共同体(Communauté de Taizé)——フランスのブルゴーニュに設立されたエキュメニカルな修道的共同体。

創設者**ブラザー・ロジェ(1915〜2005年)**はスイス出身のプロテスタント。1940年代にカトリックとプロテスタントが共に生きる共同体を夢見て、テゼに移住した。

テゼの精神——「神学的差異を「解決」するのではなく、「共に祈ること」の中で一致を先取りする。」

毎年数万の若者がテゼを訪れ、カトリック・プロテスタントの区別なく共に祈る。「テゼの歌」——短い繰り返しの礼拝音楽——は世界中の教会で歌われる。

ボンヘッファーとの関係——テゼはボンヘッファーのフィンケンヴァルデ実験(第十三章)の精神的継承として理解できる——「修道的共同体としての教会」「共に生きること」という理念。

2005年、ブラザー・ロジェはテゼで礼拝中に刺されて死亡した。ヨハネ・パウロ2世は「彼はカトリックであるように見えた」と言った——ブラザー・ロジェが「カトリックとして生きていた」かどうかは議論があるが、「プロテスタント出身の修道者がカトリック的霊性を体現した」という事実は、「霊的エキュメニズム」の深みを示す。

「エキュメニカルな修道院運動」——イオナ共同体(スコットランド)・シンプル・ウェイ(フィラデルフィア)など——「制度的一致」より先に「生活の共同体的一致」を体現する試み。


カトリックとプロテスタントの残存する差異——正直な評価

エキュメニカル運動の進展は本物だ——しかし「完全な可視的一致」への道は依然として遠い。残存する差異を正直に整理しよう。

差異①:秘跡論——聖餐の相互与侍

最も実践的に痛みを伴う問いが——**「相互与侍(Intercommunion)」**だ——「異なる教会のメンバーが互いの聖餐に与ることができるか。」

カトリックの立場——「カトリックの聖餐(Eucharist)は教会の一致の「表現」であり「手段」だ。完全な教会一致が実現していない状況での「相互与侍」は——「まだ実現していない一致を偽って表現すること」になる。したがって、カトリックは他の教会メンバーへの聖体拝領を原則として認めない。」

多くのプロテスタントの立場——「聖餐は「一致への招き(Invitation to Unity)」であり「一致の前提条件」ではない。イエスの食卓は「すべての罪人への開放」として特徴づけられる——「聖餐への開放(Open Table)」がその精神だ。」

この差異は——神学的であると同時に「傷を生む実践的差異」だ。「カトリックの家族とプロテスタントの家族が同じ食卓に座るが、一方が聖餐を受け、他方が受けられない」——これを「一致への招き」として理解するか「現実の分裂の証拠」として理解するかは異なる。

差異②:職制——使徒的継承と女性叙階

「使徒的継承(Apostolic Succession)」——カトリック・正教会・聖公会は「司教の按手の系譜(使徒から現在まで継続する按手の連鎖)」が「有効な職制」の条件だと主張する。

多くのプロテスタントは——「使徒的継承」を「使徒の福音への忠実性(Doctrinal Succession)」として理解し、「歴史的按手の連鎖」を必要としない。

「女性叙階(Ordination of Women)」——多くのプロテスタント教会が女性司教・女性牧師を認める。カトリック・正教会は認めない。

カトリックの立場——「イエスは女性を使徒として選ばなかった。教会はこれを変える権限を持たない(これは「差別」ではなく「伝統への忠実さ」だ)。」

プロテスタントの多数の立場——「ガラテヤ3:28「男も女もない——あなたたちはみなキリスト・イエスにあって一人だ」——これが聖書の核心的方向性だ。歴史的文化的制約(女性叙階の欠如)を「本質的教義」として固定化することは誤りだ。」

この問いは——「エキュメニカル対話の実際の進展を最も困難にしている問い」として今日も立っている。

差異③:マリア論

カトリックの「マリアの無原罪懐胎(Immaculate Conception)」「マリアの被昇天(Assumption of Mary)」——これらは1854年・1950年に教義として定義された。

プロテスタントはこれらを——「聖書的根拠がない後代の人間的付加だ」として受け入れない。

「マリアへの祈り・マリア崇拝」——プロテスタントから見れば「キリスト以外のものへの礼拝」として受け入れられない。

バルトの指摘(第十一章)——「カトリックとの対話の最大の残存差異はマリア論だ」——これはプロテスタント神学の中心的問いとして残る。

差異④:教皇の権威と無謬性

「教皇の首位性(Papal Primacy)」と「教皇無謬性(Papal Infallibility)」——これはカトリックとプロテスタント対話の最大の「制度的」障壁だ。

JDDJは「義認」について合意した——しかし「教皇の首位性」という問いは手つかずのままだ。

ヨハネ・パウロ2世の回勅「わたしたちが一つになるために(Ut Unum Sint、1995年)」——「「ペトロの後継者の職務」をエキュメニカルな対話の主題として開く。「首位性(Primacy)」の行使の形式は変えられうる。」——これは驚くべき開放性だった。

プロテスタントの応答——「首位性の「行使の形式」だけでなく「首位性の神学的根拠」そのものが問われなければならない。」


「多様性の中の一致(Unity in Diversity)」——第四の道

「有機的一致・連合・和解した多様性」という三つの一致理解に加えて——第四の方向が浮上している。

「多様性の中の一致(Unity in Diversity)」——「「単一の制度的形式」への統合ではなく、「多様な伝統が互いを豊かにしながら、一つのキリストの体を形成する」という一致。」

この理解の神学的根拠——「三位一体の神は「多様性の中の一致」だ——父・子・聖霊という「三つの位格」が「一つの実体」を形成する。この「三位一体的一致」が「教会の一致」の範型だ。」

ミロスラフ・ヴォルフ(第二十章で詳述)——著書「アフター・アワー・ライクネス(After Our Likeness)」で「三位一体的教会論」を発展させた——「教会の一致は「三位一体の一致」を映す——差異を「廃棄」するのではなく「包含した一致」として。」

カトリック神学との深い共鳴——カトリックの「シノダリティ(Synodality:共同歩調)」(第十五章カトリック)という概念は、「三位一体的一致」に向かう方向性として理解できる——「教皇の独裁でも「無組織の多様性」でもなく、共同的識別による「多様性の中の一致」」。


フェミニスト・エキュメニカル運動——「誰の一致か」

エキュメニカル運動への「内側からの批判」として重要なのが——**フェミニスト神学者たち(第十八章で詳述)**の問いだ。

「エキュメニカル運動は「誰の一致」を求めているか。」

「対話の主体は主に「男性指導者」だ。女性の経験・女性神学者の洞察は「周縁化」されてきた。」

「「教会の一致」の議論は「正統的教義への収斂」として語られることが多い——しかし「誰の正統性か」という問いが問われていない。」

「キリスト教的フェミニスト・エキュメニズム」——「女性叙階・女性のリーダーシップ・女性の神学的声の包含なしの「一致」は本物の一致ではない」という主張。

これは——エキュメニカル運動の「アジェンダの拡大」として、また「運動内部の権力関係への批判」として重要だ。


エキュメニカル運動の「冬の時代」——現状の正直な評価

21世紀初頭、エキュメニカル運動は「停滞・退潮」という評価を受けることが多い。

理由①:「エキュメニカル疲れ(Ecumenical Fatigue)」——50年以上の対話が「制度的一致」への具体的前進を生まなかった失望感。「対話のための対話」という批判。

理由②:内部分裂の深化——皮肉なことに、「ペンテコスタル・カリスマ運動(第十六章)」の爆発的成長が「エキュメニカルな一致」よりも「プロテスタント内部の多様化」を加速させた。また「女性叙階・同性愛問題」をめぐって、「エキュメニカルな連帯」が「内部分裂」によって損なわれている——聖公会内部の分裂がその最も鮮明な例だ。

理由③:「エキュメニカルな主流」の弱体化——WCC参加教会(主流プロテスタント)が信者数を大幅に減らす一方、WCC非参加の「独立教会・ペンテコスタル教会」が急成長——エキュメニカル運動の「代表性」が問われている。

理由④:「学術的対話」と「信者の現実」の乖離——神学者同士の対話は進んでいる。しかし「普通の信者」のレベルでは、異なる教会の信者が互いをよく知らない。「上からのエキュメニズム(対話)」と「下からのエキュメニズム(実際の交わり)」の乖離。

しかしこの「冬の時代」の評価は一面的だ——

「草の根のエキュメニズム」の進展——「学術的対話」よりも「地域での協力」が進んでいる。隣人への奉仕・社会的問題への共同行動において、異なる教会の信者が協力している——これは「制度的一致」より先行する「実践的一致」だ。

「霊的エキュメニズム」の深まり——テゼ的な「共同礼拝」「観想的修練の共有」——これらは「制度的障壁」を超える。


この章から学ぶこと——「一致への旅は続く」

エキュメニカル運動から学べる最も深い教訓——

「一致は「実現される」のではなく「生きられる」。」

「制度的一致」への道は困難だ。「神学的差異」の完全な解消は不可能かもしれない。しかし——

「共に祈ること」「共に仕えること」「共に学ぶこと」——これらにおいて「一致」はすでに先取りされている。

エフェソ4:3——「あなたたちは平和のきずなで結ばれて、霊による一致を保つように努めなさい(Make every effort to keep the unity of the Spirit through the bond of peace)。」

「「保つ(keep)」——一致はすでに「霊において与えられている」。私たちの課題は「作ること」ではなく「保つこと」——失われそうな一致を「保つ努力」だ。」

カトリック神学的語彙で言えば——「洗礼によってすでに「神の民」に属している——その「客観的な一致(Objective Unity)」を「可視的に(Visibly)」表現することが課題だ。」

プロテスタント的語彙で言えば——「「一つの主・一つの信仰・一つの洗礼(エフェソ4:5)」——これはすでに与えられている実在だ。それを「制度的に」表現することが課題だ。」

JDDJが1999年に示したように——「500年の断絶を超えて対話することは可能だ。」「義認論」という「最大の神学的断絶」が「基本的合意」に至ったことは——「他の問いについても対話は可能だ」という「希望の根拠」として機能する。

「一致への旅」は——終わっていない。しかし始まってもいる。


次章では、20世紀の最も驚くべき宗教的成長現象——「ペンテコスタル・カリスマ運動」を見ていく。1906年のアズサ通りから始まり、今や世界で約6億人を数えるこの運動は、「聖霊論(Pneumatology)」を神学の中心に置き、「体験・奇跡・異言」というキリスト教の最も古い側面を現代に蘇らせた。その神学的意義とカトリックへの影響——「カリスマ更新運動(Catholic Charismatic Renewal)」との関係を深く探る。

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