第十四章 聖書の権威論争——ファンダメンタリズムから福音主義へ(20世紀)
- 「聖書は誤りがないか」——20世紀プロテスタントを分断した問い
- 歴史的背景——19世紀末の「二つの世界の衝突」
- プリンストン神学——「学術的保守主義」の頂点
- J・グレシャム・メイチェン——「自由主義はキリスト教ではない」
- 「猿裁判(Scopes Trial、1925年)」——ファンダメンタリズムの文化的戦場
- ファンダメンタリズムの「分離主義」——世俗文化への対抗
- 「新福音主義(Neo-Evangelicalism)」の台頭——ファンダメンタリズムへの批判的継承
- ビリー・グラハム——大衆的福音主義の顔
- 「シカゴ声明(Chicago Statement on Biblical Inerrancy、1978年)」——「無誤性」の精密化
- ロジャース・マッキム論争——「無誤性は改革派の伝統か」
- 福音主義の多様性——「大テント」の内側
- カール・ヘンリーとコリン・ガントン——福音主義神学の知的深化
- 「開かれた神学(Open Theism)」——福音主義内部の新しい論争
- 「若地球創造論(Young Earth Creationism)」と「知的設計論(Intelligent Design)」——科学との戦場
- マーク・ノルの批判——「福音主義のスキャンダル」
- 「聖書の有用性(Scripture’s Usefulness)」——実践的問いへの転換
- ファンダメンタリズムから福音主義へ——何が変わり何が残ったか
- この章から学ぶこと——「守ることと理解することの統合」
「聖書は誤りがないか」——20世紀プロテスタントを分断した問い
20世紀のプロテスタント神学が直面した最も激しい内部論争は——三位一体でも救済論でも教会論でもなく——**「聖書は誤りを含むか」**という問いをめぐっていた。
これは奇妙に見えるかもしれない。
しかしプロテスタントにとって「聖書のみ(Sola Scriptura)」は信仰の根本原則だ(第三章)。その「聖書のみ」の「聖書」の性格——「完全に神に霊感された無誤の神の言葉か、それとも神的内容を含む人間的・歴史的文書か」——をめぐる論争は、プロテスタントのアイデンティティそのものへの問いだった。
この論争は単なる「神学のお家芸的議論」ではなかった。それは——
科学との関係(進化論・地質学・宇宙論と聖書の記述の関係) 歴史学との関係(聖書批評の成果と「歴史的事実としての聖書記述」の関係) 文化との関係(「キリスト教的文明」対「世俗的文化」の対立構造)
これらを含む、文化的・社会的・政治的に複雑に絡み合った問いだった。
カトリック神学との比較から出発しよう——カトリックも同じ問いに直面した。第十二章の「近代主義断罪(1907年)」は聖書批評への制度的対応だった。しかしカトリックは「教会の権威・伝承」という別の柱を持つため、「聖書の人間的性格の認識」がプロテスタントほど直接的にアイデンティティへの問いにならなかった。プロテスタントは「聖書のみ」という原則ゆえに、聖書論の問いが「信仰の基盤そのもの」への問いとして直撃した。
歴史的背景——19世紀末の「二つの世界の衝突」
19世紀末、アメリカのプロテスタントには二つの方向があった。
第一の方向:自由主義神学(第十章)——シュライアーマッハー・ハルナック・リッチュルの影響を受けた神学者たちが、聖書批評を受け入れ、進化論と和解し、近代文化との対話を求めた。
第二の方向:保守的正統主義——聖書の伝統的権威を守り、近代的懐疑主義への抵抗を求めた。
この対立は19世紀末から20世紀初頭にかけて、アメリカのプロテスタント教会を宗派ごとに分断した。
「ファンダメンタルズ(The Fundamentals)」——1910〜1915年
石油王ルーザス・スチュワートの資金援助で出版された一連のパンフレット集。全12巻・約90本の論文。タイトルは「キリスト教の基本(The Fundamentals: A Testimony to the Truth)」。
このパンフレット集が「ファンダメンタリズム(Fundamentalism)」という運動の名称の起源だ。
「ファンダメンタルズ」が守ろうとした「基本(Fundamentals)」——
①聖書の逐語霊感と無誤性(Verbal Inspiration and Inerrancy of Scripture) ②キリストの処女降誕(Virgin Birth of Christ) ③キリストの代理的贖罪(Substitutionary Atonement) ④キリストの肉体的復活(Bodily Resurrection) ⑤キリストの再臨(Second Coming of Christ)
これらは「自由主義神学が否定・歪曲しようとしている真理」として提示された。
プリンストン神学——「学術的保守主義」の頂点
アメリカのファンダメンタリズムに知的基盤を与えたのが、**「プリンストン神学校(Princeton Theological Seminary)」**の神学者たちだ。
チャールズ・ホッジ(1797〜1878年)——プリンストン神学の創設者的存在。著書「組織神学(Systematic Theology)」(全3巻)は改革派正統主義の集大成。
「聖書の無誤性(Inerrancy of Scripture)」の定義——「聖書の原典(Autographs)は——原著者が書いた最初のテキスト——いかなる誤りも含まない。文法・歴史・科学・地理のすべての記述において無誤だ。」
ベンジャミン・ウォーフィールド(1851〜1921年)——ホッジの後継者。「聖書の霊感と権威(The Inspiration and Authority of the Bible)」で「聖書無誤性」の最も精密な学術的擁護を行った。
ウォーフィールドの論証——「聖書の各部分は人間著者によって書かれた。しかしその過程で聖霊は著者の心・意図・言語能力を通じて働き、神の意図が完全に表現されるようにした——これが「協力的霊感(Concursive Inspiration)」だ。」
プリンストン神学の知的水準——ホッジ・ウォーフィールドらは、「聖書無誤性」を「盲目的信仰」ではなく「学術的議論」として擁護した。彼らは聖書批評を知り、哲学を知り、科学を知った上で、「無誤性の擁護」を試みた。
これは後の「ファンダメンタリズム」の「反知性主義的傾向」とは異なる——「学術的真剣さを持った保守主義」として評価される。
J・グレシャム・メイチェン——「自由主義はキリスト教ではない」
プリンストン神学の継承者の中で最も影響力を持ったのが**J・グレシャム・メイチェン(1881〜1937年)**だ。
メイチェンの主著**「キリスト教と自由主義(Christianity and Liberalism、1923年)」**は挑発的なタイトルを持つ——「自由主義神学はキリスト教の一形式ではなく、全く別の宗教だ。」
メイチェンの論証——「自由主義神学は「神の父性」「人間の兄弟愛」「倫理的生活」を宗教の核心とする。しかしパウロの福音は「キリストの死と復活という「出来事(事実)」への信仰」だ。「キリストの倫理の教師」ではなく「キリストは罪のために死んだ」——この「事実への依存」が「キリスト教と自由主義の分岐点」だ。」
これは鋭い指摘だ——「キリスト教の核心が「命題(Christ died for our sins)」への信仰か、「体験・倫理(絶対依存の感情・隣人愛)」への関与か——これは第九章のシュライアーマッハー、第十章のハルナックへの直接の批判だ。
メイチェンは1929年にプリンストン神学校を去り、「ウェストミンスター神学校(Westminster Theological Seminary)」を設立した——「プリンストン神学校が自由主義神学に妥協した」という判断から。
「猿裁判(Scopes Trial、1925年)」——ファンダメンタリズムの文化的戦場
1925年7月、テネシー州デイトン。
高校教師ジョン・スコープスが「進化論を教えた」として裁判にかけられた。テネシー州法は「聖書に反する進化論の教授」を禁じていたからだ。
「猿裁判(Monkey Trial)」——メディアはこう呼んだ。
検察側——ファンダメンタリスト・ウィリアム・ジェニングス・ブライアン(元国務長官・3度の大統領候補)。「聖書の文字通りの創造記述を守れ。」
弁護側——自由主義的弁護士クラレンス・ダロウ。「科学と聖書の対立を公開討論に持ち込んだ。」
スコープスは有罪になったが——この裁判の「文化的帰結」はファンダメンタリストにとって災難だった。
ブライアンがダロウとの公開討論で「創世記の「日(Day)」は文字通り24時間か」と問われ、「必ずしもそうではないかもしれない」と答えたとき——ファンダメンタリズムの「聖書の文字通り解釈」の立場が揺らいだ。
メディア——特にH・L・メンケンのジャーナリズム——はファンダメンタリズムを「反知性主義的・田舎の後進性」として描いた。
「猿裁判」のインパクト——ファンダメンタリズムは「文化的に敗北した」——少なくとも知的エリートの世界では。これ以後、多くのファンダメンタリストは「別の文化的空間(独自の学校・メディア・教会組織)」に撤退した——マーク・ノルが後に「福音主義のスキャンダル(The Scandal of the Evangelical Mind)」で批判した「反知性主義的傾向」の文化的起源だ。
ファンダメンタリズムの「分離主義」——世俗文化への対抗
「猿裁判」後のファンダメンタリズムの特徴——「分離主義(Separatism)」。
「汚れた世俗文化・自由主義的「エキュメニカル」主流教派から分離せよ。」「「二次的分離(Secondary Separation)」——自由主義者だけでなく、自由主義者と協力するキリスト者からも分離せよ。」
この「分離主義」は——独自のキリスト教的「対抗文化圏」を形成した。聖書学校・独立教会・独自のメディア・独自の社会的ネットワーク。
「ファンダメンタリスト的プロテスタント文化」の構築——これは社会学的に興味深い現象だ。「世俗文化から分離する」と言いながら、「世俗文化の構造(大学・メディア・出版・政治組織)を模倣した別の文化圏」を建設した。
「新福音主義(Neo-Evangelicalism)」の台頭——ファンダメンタリズムへの批判的継承
1940年代、ファンダメンタリズムの内側から「批判的継承」を試みる運動が生まれた——「新福音主義(Neo-Evangelicalism)」、後に単に**「福音主義(Evangelicalism)」**と呼ばれる運動だ。
ハロルド・オッケンガ(1905〜1985年)——「新福音主義」という言葉を最初に使った指導者。1942年に「ナショナル・アソシエーション・オブ・エバンジェリカルズ(NAE:全米福音主義協会)」を設立。
カール・ヘンリー(1913〜2003年)——新福音主義の最重要な神学者。主著「現代ファンダメンタリズムの不快な良心(The Uneasy Conscience of Modern Fundamentalism、1947年)」。
ヘンリーの批判——「ファンダメンタリズムは「個人の救済」に集中するあまり、「社会的不正義(人種差別・貧困・戦争)」への批判的関与を欠いた。これは「聖書的福音主義」からの逸脱だ。」
「ファンダメンタリズムの分離主義は「世界から逃げること」だ——聖書的使命は「世界の塩・世界の光」として世界に関与することだ。」
「フラートン全米福音主義神学校(Fuller Theological Seminary、1947年設立)」——新福音主義の知的拠点として。「聖書の権威を守りながら、知的厳密さ・文化的関与・エキュメニカルな対話を求める」という新福音主義の姿勢を体現した。
ビリー・グラハム——大衆的福音主義の顔
新福音主義を「大衆運動」として体現したのが**ビリー・グラハム(1918〜2018年)**だ。
グラハムは「伝道集会(Crusade)」という形式で、全米・全世界で数百万人に語りかけた。スタジアムを満員にした説教者。
グラハムの神学的立場——「聖書の完全な権威と信頼性(Authority and Trustworthiness of Scripture)」を守りながら、「ファンダメンタリズムの分離主義」を拒否した。
1957年のニューヨーク伝道集会——グラハムはカトリック・主流プロテスタントとも協力した。これがファンダメンタリスト側から激しい批判を受けた——「自由主義者・カトリックとの「妥協」は聖書への不忠実だ。」
ボブ・ジョーンズ・シニアは言った——「グラハムは20世紀最大のユダヤ(裏切り者)だ。」
グラハムへの批判に対してグラハムは応答した——「私の使命は回心を導くことだ。その後の「教会への連帯(church affiliation)」は本人が決める——カトリックでも、プロテスタントでも。」
カトリックとの関係——グラハムとカトリックの関係は複雑で発展した。晩年、グラハムはヨハネ・パウロ2世と会談し、「私たちは同じ主を信じている」という認識を共有した。これはカトリック・プロテスタント対話の大衆的側面の象徴だ。
「シカゴ声明(Chicago Statement on Biblical Inerrancy、1978年)」——「無誤性」の精密化
1970年代、「聖書の無誤性(Inerrancy)」をめぐる論争が福音主義内部で激化した。
「国際聖書無誤性評議会(International Council on Biblical Inerrancy)」——1978年、約300名の福音主義神学者がシカゴに集まり、「シカゴ声明」を採択した。
「シカゴ声明」の核心的定義——
「聖書は、それが語ることにおいて、そのすべての部分において、あらゆる誤りがない(Being wholly and verbally God-given, Scripture is without error or fault in all its teaching, no less in what it states about God’s acts in creation, about the events of world history, and about its own literary origins under God, than in its witness to God’s saving grace in individual lives)。」
重要な「区別」——シカゴ声明は同時に「無誤性(Inerrancy)」を「文字通り主義(Literalism)」と区別した。
「聖書は「現象論的言語(Phenomenological language)」を使う——「太陽が昇る」は「天動説の主張」ではなく「日常的観察の言語」だ。」
「詩・比喩・比較・誇張法——これらは「文字通り」に読まれるべき言語ではない。」
「著者の「意図(Intention)」の文脈で読まれなければならない。」
この「区別」の重要性——シカゴ声明は「聖書に誤りはない」と主張しながら、「誤り」の意味を「著者の意図に照らした誤り」として限定した——これは「形式は「文字通り主義」を否定するが、内容は「無誤性」を保持する」という精妙な立場だ。
ロジャース・マッキム論争——「無誤性は改革派の伝統か」
1979年、ジャック・ロジャースとドナルド・マッキムが著書「聖書の権威と解釈(The Authority and Interpretation of the Bible)」を出版した。
彼らの主張——「「聖書の逐語的無誤性(Verbal Inerrancy)」はプリンストン神学が発明した19世紀の産物だ——ルター・カルヴァン・改革派の伝統的立場ではない。」
「改革派の伝統的立場」——「聖書は救いに必要なことについて完全に信頼できる(infallible for salvific purpose)。しかし「科学的・歴史的記述」についての「無誤性」は主張されていなかった。」
これに対してジョン・ウッドブリッジが「聖書の権威(Biblical Authority)」で反論した——「ロジャース・マッキムの歴史的主張は誤りだ。ルター・カルヴァンは聖書の「全面的信頼性」を主張していた——「救いについてのみ」という限定はない。」
この論争は今日も決着していない——「改革派の伝統的聖書観は何だったか」という歴史的問いとして。
神学的含意——「無誤性」が「歴史的な改革派の立場」ではなく「19世紀プリンストン神学の革新」だとすれば——それは「守るべき伝統」ではなく「議論すべき主張」になる。この問いはプロテスタント聖書論の核心に触れる。
福音主義の多様性——「大テント」の内側
20世紀後半の「福音主義(Evangelicalism)」は、実は驚くほど多様だ。
「聖書の無誤性(Inerrancy)」を主張する保守的福音主義——ウォーフィールドの伝統を継承。シカゴ声明を支持。フラートン神学校・ウェストミンスター神学校など。
「聖書の無謬性(Infallibility)」を主張する中間的立場——「聖書は救いに関して誤りを含まない(infallible)。しかし「科学的・歴史的詳細」における「無誤性(inerrancy)」を主張する必要はない。」——これはI・ハワード・マーシャル・ファイファー・クロードなどの「穏健的福音主義」の立場。
「聖書の霊感と権威」を認めながら聖書批評を受け入れる立場——「歴史的批評は聖書の「真理」を損なわない。聖書は「神の言葉」として人間の著者を通じて書かれた——その人間的・歴史的性格の認識は「権威への信頼」と矛盾しない。」——「キリスト教学者協会(Christian Scholars Conference)」周辺の「進歩的福音主義」。
この多様性は——「福音主義」という用語の「ゴム的な伸縮性(elasticity)」を示す。「ビリー・グラハムを中心にして」——この広い連帯を可能にした「共通基盤」は「聖書の権威への信頼・個人的回心の強調・伝道への情熱」だった——「聖書の無誤性」への具体的立場ではなかった。
カール・ヘンリーとコリン・ガントン——福音主義神学の知的深化
新福音主義が「大衆的伝道運動」だけでなく「知的真剣さ」を持つことを示した神学者たちがいる。
カール・ヘンリー(1913〜2003年)——主著「神・啓示・権威(God, Revelation and Authority)」(全6巻)は福音主義組織神学の最大の著作の一つ。「啓示は命題的(propositional)だ——神は人間の言語によって自己を伝達した。この命題的啓示が聖書の命題的内容として表現された。」
コリン・ガントン(1941〜2003年)——英国の改革派神学者。「三位一体・創造・神学(The One, The Three and the Many)」——三位一体論を「現代の存在論的問いへの応答」として展開した。ポストモダン思想と対話しながら、改革派正統主義の深みを現代に届けようとした。
D・A・カーソン——新約聖書学者として「福音主義的聖書解釈学」の確立に貢献。「聖書批評の成果を知りながら、聖書の権威を守る解釈学」の模範を示した。
「開かれた神学(Open Theism)」——福音主義内部の新しい論争
1990年代、福音主義神学の内部で新しい論争が起きた——**「開かれた神学(Open Theism)」**だ。
クラーク・ピノック・リチャード・ライス・グレッグ・ボイド——これらの神学者が主張した——
「神は「全知(Omniscient)」だが——「将来の自由な行為」については確実に知らない。なぜなら「将来の自由な行為」は「まだ存在しない」からだ。神は「将来の可能性の範囲」を知るが、「具体的な自由な選択の結果」は人間の決断によって初めて実現される。」
「なぜこれが「福音主義的」と主張されるか——「聖書の神は「驚く(surprised)」——アダムに「あなたはどこにいるか」と問う。「後悔する」——「人間を作ったことを後悔した(創世記6:6)」。これらは「神が将来を完全に知っている」という古典的有神論と緊張する。」
これは第十七章の「プロセス神学(Process Theology)」への接近として批判された。
カトリック神学との比較——「開かれた神学」の問いは、カトリック神学の「神の摂理と人間の自由意志の関係(第十五章カトリック)」という問いの、プロテスタント版として理解できる。「神の全知と人間の自由の両立」——これはカトリック・プロテスタント双方が格闘する問いだ。
「若地球創造論(Young Earth Creationism)」と「知的設計論(Intelligent Design)」——科学との戦場
ファンダメンタリズム・一部の福音主義と科学の緊張の最も具体的な表れが——創造論と進化論の論争だ。
「若地球創造論(Young Earth Creationism)」——「創世記の「六日間の創造」は文字通り6×24時間の出来事だ。地球の年齢は1万年以内だ。化石の記録は「ノアの洪水」によって説明できる。」
ヘンリー・モリスの「創世記の洪水(The Genesis Flood、1961年)」——これが現代の「創造科学(Creation Science)」の出発点。「聖書の科学的記述は科学的証拠に一致する」という主張。
「知的設計論(Intelligent Design)」——若地球創造論より洗練された立場。「生命体の「既約的複雑性(Irreducible Complexity)」——特定の生物学的構造は段階的な進化では説明できない複雑さを持つ。これは「知的な設計者(Intelligent Designer)」の存在を示す。」
フィリップ・ジョンソン「審判台のダーウィン(Darwin on Trial、1991年)」・マイケル・ビーヒー「ダーウィンのブラックボックス(Darwin’s Black Box、1996年)」。
両立論——「神学的有神論的進化論(Theistic Evolution)」——多くの福音主義科学者が採用する立場。「進化論は生物の起源の自然的メカニズムを記述する。しかしこのプロセスは神の創造的行為によって支えられた。「神がどのように創造したか」と「なぜ創造したか」は別の問い——前者を科学が後者を神学が答える。」
カトリック神学との比較——カトリックは「有神論的進化論」を公式に受け入れている(ヨハネ・パウロ2世1996年演説:「進化論は仮説以上のものだ」)。ファンダメンタリスト的「若地球創造論」はカトリックの立場とも対立する——カトリック神学は「自然科学と信仰の方法論的分離」を維持しながら、科学の成果を受け入れる余地を持つ。
マーク・ノルの批判——「福音主義のスキャンダル」
マーク・ノル(1946年〜)——米国のキリスト教歴史家が1994年に著した**「福音主義のスキャンダル——知性の貧困について(The Scandal of the Evangelical Mind)」**は福音主義内部からの痛烈な自己批判だ。
冒頭の一文——「福音主義的知性というものは存在しない。これがスキャンダルだ。」
ノルの診断——「19世紀以来のファンダメンタリズムの反知性主義的傾向——「思索するより伝道せよ」という態度——が、福音主義の知的文化を貧困にした。聖書創造論・黙示録的終末論(ハル・リンジーの「地球の最後の世代(Late Great Planet Earth)」)——これらの反知性主義的傾向が福音主義の「知的信頼性」を損なった。」
「「聖書の権威を守ること」と「知的厳密さ」は矛盾しない——しかしファンダメンタリズムの遺産はこの二つを対立させた。」
ノルの処方箋——「キリスト教知性の再建」——カルヴァン主義の「すべての文化的領域は神のものだ(アブラハム・カイパー)」という洞察の回復。
「聖書の有用性(Scripture’s Usefulness)」——実践的問いへの転換
20世紀後半、「聖書の無誤性」論争から別の問いへの転換が起きた——**「聖書はどのように機能するか(How Scripture Functions)」**という問いだ。
N・T・ライト(1948年〜)——「聖書は「命題の倉庫」ではなく「神の救済的物語(Grand Narrative)」だ。聖書の「権威」は「正確な事実の羅列」にあるのではなく「神の国の物語への参与への招き」にある。」(第二十章で詳述)
クリスティーン・ハーレイン・マッコーキンデール——「聖書の「権威(Authority)」は「強制(Coercion)」として機能するのではなく「変容(Transformation)」を通じて機能する。聖書はコミュニティを形成し、形作り、変える——「命令として」ではなく「物語として」。」
カトリック神学との収斂——「聖書は物語として機能する」という見方は、カトリックの「聖書は典礼・共同体・伝承の文脈で生きる」という理解と構造的に近い。「命題の正確さ」よりも「共同体形成の力」という強調は、両者が近づく地点だ。
ファンダメンタリズムから福音主義へ——何が変わり何が残ったか
この章全体を振り返って、「ファンダメンタリズムから福音主義への移行」が何を変え、何を残したかを整理しよう。
変わったこと——
分離主義から世界への関与へ——「世俗文化からの分離」から「文化変革への参与」へ。
反知性主義から知的真剣さへ——「思索より伝道」から「思索も伝道も」へ。
「無誤性の独占的強調」から「聖書の多様な権威論」へ——「無誤性」は一つの立場として残るが、「唯一の正しい聖書論」ではなくなった。
エキュメニカルな閉鎖性から対話への開放——ビリー・グラハム以来の「カトリックを含む幅広い協力」への開放。
変わらなかったこと——
「個人的回心体験」の強調——「あなたはイエスを個人的救い主として受け入れたか(Are you saved?)」という問いは福音主義の中心に残る。
「聖書の権威」への確信——「無誤性」か「無謬性」か「物語的権威」かの論争はありながら、「聖書は神の言葉として権威を持つ」という確信は維持された。
「伝道への情熱」——「世界宣教への使命感」は福音主義の核心として残る。
この章から学ぶこと——「守ることと理解することの統合」
ファンダメンタリズム・福音主義の論争から学べる最も深い教訓——
「守ること」と「理解すること」は対立しない——しかし両方を追うことは難しい。
「守ることだけ」に集中すると——「批判への防衛」が「問いへの閉鎖」になる。「猿裁判」後の分離主義的ファンダメンタリズムが示した「文化的貧困」がその帰結だ。
「理解することだけ」に集中すると——「対話の開放」が「内容の喪失」になる。自由主義神学(第十章)の「教義的空洞化」がその帰結だ。
プリンストン神学のホッジ・ウォーフィールドは「守ることと理解することの統合」を試みた。メイチェンは「知的真剣さを持った保守主義」を体現した。N・T・ライトは「批判的吟味を経た上での「より深い確信」」を目指した。
カトリック神学はこの問いを——「マギステリウムによる守護」という制度的解決で試みてきた。その「守護」が「理解の深化」を促す場合(第二バチカン公会議)もあれば、「問いの封鎖」になる場合(近代主義断罪)もある——これはプロテスタントとカトリック双方が格闘する問いの構造的類似だ。
「聖書の権威」という問いは——今日のプロテスタント神学においても、最も継続的に問われ続ける問いの一つとして立っている。「守ることと理解することの統合」——これは神学的誠実さの永続的課題だ。
次章では、第二次世界大戦後の「エキュメニカル運動」——分裂したキリスト教の再統合への試みを見ていく。「信仰と職制(Faith and Order)」「生活と事業(Life and Work)」という二つの流れが合流した「世界教会協議会(WCC)」の設立、カトリック・プロテスタント対話の進展、そして1999年の「義認に関する共同宣言」——「分裂の500年後」に何が可能になり、何が残存する障壁として立っているかを辿る。
