第2章 金融化される不安
――円安・債券安・トリプル安と国家の自己防衛
不安は、もともと私的なものだった。
夜中に目が覚めて、漠然とした胸苦しさを感じる。明日の仕事のこと、子どもの将来のこと、老後の生活のこと。その不安は、個人の心の中に生まれ、個人の心の中で処理されるか、されないかする、きわめて個人的な体験だった。
ところが現代では、不安は「商品」になった。
保険会社は不安を売る。「もしものときのために」という言葉で、人々の漠然とした恐れを購買動機に変える。金融機関は不安を運用する。「老後二千万円問題」という言葉が広まった瞬間、投資信託の窓口に人が殺到した。不安そのものが、巨大な経済的資源として発見され、管理され、利用されている。これを「不安の金融化」と呼ぶことにしよう。
本章では、この「不安の金融化」が日本社会でどのように起きているかを、国家レベルの金融構造と個人の心理の両面から検討する。
円安という現象を、生活の言葉で読む
円安とは何か。為替の話になると多くの人が目を背けるが、これは実は非常に具体的な話だ。
たとえば輸入小麦の値段を考えよう。日本は小麦のほとんどを輸入に頼っている。一ドル百円のとき、百ドルの小麦を買うのに一万円かかる。それが一ドル百五十円になると、同じ量の小麦を買うのに一万五千円かかる。円の価値が下がるとは、そういうことだ。輸入に依存するあらゆるもの――食料、エネルギー、工業原材料――のコストが上がる。それがスーパーの棚の値段に反映され、光熱費に反映され、生活全体を圧迫する。
二〇二〇年代に入って以降、円安は顕著に進行した。かつて一ドル百円前後だった為替レートが、一時一ドル百六十円を超える水準にまで円が売られた。これは戦後最大規模の円安だった。
なぜこれほど円が売られたのか。背景には、日米の金利差がある。米国が急速に金利を引き上げる中、日本は長年の超低金利政策を続けた。金利の高い通貨には資金が流れ込み、金利の低い通貨からは流出する。円は売られ、ドルは買われた。これが円安の基本的な構造だ。
しかしその背後には、もっと深い問題がある。日本が金利を上げられない理由だ。
金利を上げられない国の苦境
日本が金利を上げることを極端に恐れている理由は、一つの数字に集約される。国債残高だ。
日本の国債残高は、二〇二〇年代において一千兆円を超えた。GDPの二倍を超えるこの負債は、先進国の中で突出して大きい。この国債の利子を支払うのは国家であり、その財源は税収だ。金利が一パーセント上がるだけで、国債の利払い費は数兆円単位で増える。金利を大幅に引き上げることは、財政を一気に悪化させる。
つまり日本は、「金利を上げれば財政が壊れ、金利を上げなければ円が売られる」というジレンマの中に閉じ込められている。どちらに動いても傷を負う、出口のない構造だ。
ここで「トリプル安」という概念が登場する。円安(円の価値の下落)、債券安(国債価格の下落、すなわち金利上昇)、株安(株価の下落)が同時に起きる状態のことだ。通常、株が下がれば安全資産とされる国債が買われ、円が売られれば輸出企業の株が上がるという具合に、三つの市場は逆方向に動くことが多い。しかし日本への信頼が根底から揺らいだとき、三つが同時に売られる「トリプル安」が起きる。
これはたんなる経済の話ではない。トリプル安は、国家への信頼の崩壊を意味する。「この国の経済は大丈夫か」という問いに、市場が「大丈夫ではない」と答えるサインだ。
不安の「見えない化」という問題
ここで重要な逆説が生じる。
国家レベルの金融不安が大きければ大きいほど、それは人々の日常的な認識から遠ざかっていく。
なぜか。まず、金融の問題は専門的な言語に覆われていて、わかりにくい。「イールドカーブ・コントロール」「経常収支」「プライマリーバランス」――これらの言葉は、問題の本質を隠す煙幕のように機能することがある。問題が難解であるほど、「専門家に任せるしかない」という受動性が生まれる。
次に、金融問題の影響は、生活苦という形で現れるが、その因果関係が見えにくい。スーパーで卵が高くなったとき、多くの人は「円安のせいだ」「政府の政策のせいだ」とは思わず、ただ「出費が増えた」と感じて節約する。生活上の苦痛が、政治的な問いに変換されないまま消費される。
さらに日本政府は、財政の危機的状況を正確に国民に伝えることに積極的ではない。「国債は国民の資産だ」「日本は自国通貨建てで借金しているから問題ない」という説明が繰り返されてきた。これらの説明が完全に誤りというわけではないが、問題の深刻さを和らげる方向に作用してきたことは否めない。
こうして、巨大な不安の構造は、人々の目に見えにくい形で存在し続ける。
国家の自己防衛と、しわ寄せの行方
出口のないジレンマに置かれた国家は、どう動くか。
財政を維持するために、歳出を削る。その削り先として選ばれやすいのが、社会保障・医療・福祉・教育だ。これらは軍事費や公共事業と異なり、削っても即座に目に見える形では反発を受けにくい。病院が一つ閉鎖されても、地方の過疎化が進んでも、そのコストは長期的・分散的に個人が負担する。
医療費抑制を例にとる。診療報酬が引き下げられると、医療機関の経営は苦しくなる。医師や看護師の賃金が伸びず、人手不足が深刻化する。患者は適切な医療を受けられる場所と受けられない場所の格差が広がる。しかしこのコストは「不便」や「少し遠い病院まで行かなければならない」という形で個人に静かに転嫁される。国家財政の問題が、個人の生活問題として再定義されるのだ。
軍事費の拡大も同じ文脈で読める。経済力の衰退と国際的な地位の低下を、軍事力の強化によって補償しようとする動きは、歴史的に繰り返されてきたパターンだ。「安全保障環境が厳しい」という言葉は正確だろう。しかしその財源がどこから来るかを問うとき、削られているのが社会保障であることに、人々の目が届きにくい構造がある。
不安が個人に「着地」するとき
国家レベルの金融不安が、最終的にどこに着地するかといえば、それは個人の心と体だ。
物価が上がり、収入が増えず、将来の見通しが立たないとき、人々の生活に余裕がなくなる。余裕がなくなると、人間関係が荒れ、子育てが難しくなり、精神的な健康が損なわれやすくなる。これは比喩ではなく、公衆衛生の研究が繰り返し示してきた事実だ。経済的な不安と精神疾患の発症には、明確な相関がある。
興味深いのは、この「着地」のされ方だ。国債の利払い費が増えた、あるいは円安で食費が上がったという事実は、「私が不安に思う原因はここにある」という明確な認識にはなりにくい。代わりに、不安は「なんとなく将来が心配」「理由のわからない焦り」「漠然とした疲労感」という、原因の見えない内的体験として沈殿する。
そしてその内的体験を抱えた人が、やがて診察室にやってくる。
臨床家は、その人の前に座る。目の前の苦しみは本物だ。しかしその苦しみの根っこに、国家の財政構造や金融政策があるとしたら、診察室の中だけで完結する「治療」には、どこかに限界があることになる。
その限界を直視することが、誠実な臨床の第一歩だと私は思っている。
「知らされない不安」の深さ
本章を閉じるにあたって、一つのことを言っておきたい。
不安には二種類ある。原因のわかる不安と、原因のわからない不安だ。原因のわかる不安は、対処できる。しかし原因のわからない不安は、人を最も深く蝕む。精神医学的にいえば、対象を持たない不安――「なぜ怖いのかわからない恐怖」――は、有名な対象を持つ恐怖よりもはるかに消耗が大きい。
現代日本の多くの人が抱えているのは、この「原因のわからない不安」ではないかと私は思う。社会の金融構造という、見えにくく、複雑で、自分にはどうにもならない力が、生活を少しずつ圧迫している。しかしその圧力の正体がわからないから、不安は内に向かい、自分を責める方向に動く。
「知らされない不安」は、人を静かに、しかし確実に消耗させる。
その構造を知ることは、それ自体が一つの解放だ。「これは私の弱さではなく、社会の構造の問題だ」と気づくこと。それだけで、不安の質が変わる。対象のない恐怖が、名前を持った問題に変わる。そして名前を持った問題は、少なくとも、考えることができる。
