第8章 回復が義務になるとき

第8章 回復が義務になるとき

――希望・自己決定・前向きさの超自我化


 ある患者が、こう言った。

 「回復しなければいけないとわかっています。前向きにならなければいけないとわかっています。でも、できないんです。できない自分が、さらに情けなくて」

 彼女は統合失調症を発症して数年が経っていた。症状は薬でかなり落ち着いていた。日常生活は概ねこなせるようになっていた。支援者たちは口々に「よくなってきましたね」「次は就労を考えましょう」「自分のやりたいことを見つけましょう」と言った。

 しかし彼女の内側では、その言葉のたびに何かが収縮していった。「よくなっているのに、前向きになれない自分はおかしい」「就労を考えられない自分はまだ十分に回復していない」「やりたいことが見つからない自分は、回復への意欲が足りない」。

 支援者たちは、彼女を追い詰めようとしていたわけではない。むしろ善意に満ちていた。回復モデルの理念を誠実に実践しようとしていた。希望を語り、自己決定を促し、社会参加を目指していた。

 にもかかわらず、彼女は苦しくなった。

 なぜか。本章では、この逆説の構造を解き明かす。


解放の言葉が命令に変わるとき

 前章で見たように、回復モデルは解放の思想として生まれた。「回復できない」と言われた人が「できる」と言い返す運動だった。その核心にあったのは、当事者の側からの主体的な主張だった。

 しかし思想が制度化され、専門家によって提供されるサービスになるとき、その思想の担い手が変わる。当事者が主体として語る言葉が、支援者が当事者に向けて語る言葉に変わる。

 「回復できる」という当事者の叫びが、「あなたは回復できます」という支援者の言明に変わるとき、言葉の力学が逆転する。前者は自分自身への宣言だ。後者は他者からの評価であり、期待であり、場合によっては要求だ。

 「希望を持て」「前向きに生きろ」「自分で決めろ」――これらの言葉は、それを語る者と受け取る者の関係によって、まったく異なる意味を持つ。同じ立場の仲間から言われる言葉と、権威を持つ専門家から言われる言葉では、その重みが違う。制度の中で言われる言葉と、運動の中で言われる言葉では、その文脈が違う。

 解放の言葉は、制度の言語に翻訳される過程で、しばしば命令の言葉に変わる。


「希望」の超自我化

 回復モデルの第一の柱は「希望」だった。「回復の見込みがない」という悲観論に抗して、「希望は持てる」と言うことが、思想の核心だった。

 しかし「希望を持つことができる」という主張が、「希望を持たなければならない」という規範に変わるとき、何が起きるか。

 希望を持てない人が、失格になる。

 重篤な精神疾患の経過の中には、希望を持つことが主観的にほとんど不可能な時期がある。抑うつの深みにある人は、未来を想像する認知的な能力そのものが損なわれている。絶望は症状の一部だ。その人に「希望を持ちましょう」と言うことは、発熱している人に「体温を下げましょう」と言うことに似ている。正しいことを言っているようで、症状そのものを本人の意志の問題にすり替えている。

 さらに深刻なのは、「希望を持てない自分は回復への意欲が足りない」という二次的な自責感だ。症状から来る絶望感に加えて、「希望を持てないダメな患者」という烙印を自分自身に押すことになる。苦しみが二重になる。

 回復モデルが生まれた動機の一つは、人々を絶望から救うことだった。しかし「希望規範」が超自我化するとき、それは新たな絶望の源になりうる。


「自己決定」の超自我化

 回復モデルの第二の柱は「自己決定」だった。当事者が自分の人生の主体として選択する権利の保障だ。これは精神医療の歴史の中で抑圧されてきた権利への、正当な要求だった。

 しかし「自己決定の権利」が「自己決定の義務」に変わるとき、事態は複雑になる。

 選択することは、常に可能ではない。重篤な精神症状のある時期、深刻なトラウマを抱えている時期、経済的・社会的な資源が極端に乏しい状況では、「自由な選択」という前提そのものが成立しない。選択肢がない状況での「自己決定」は、選択の幻想だ。

 また、選択することが苦痛な人もいる。長年にわたって選択の権利を奪われてきた人は、突然「何でも自分で決めていい」と言われても、その権利を行使する準備ができていないことがある。選択の経験がなければ、選択の能力も育たない。「自己決定できない患者は、回復への意欲が低い」という評価は、この非対称な現実を無視する。

 さらに、新自由主義的な社会において「自己決定」という言葉は、「自己責任」と背中合わせだ。「あなたが決めたのだから、結果もあなたの責任だ」という論理は、支援の撤退を正当化する論理と親和性が高い。「自己決定を支援する」という理念が、「本人が決めたのだから、うまくいかなくても本人の問題だ」という形で使われるとき、それは解放の言葉ではなく、放棄の言語だ。


「前向きさ」という圧力

 回復モデルの実践の中で、最も広く、最も問題含みな形で使われる言葉の一つが「前向き」だ。

 「前向きに考えましょう」「前向きな目標を持ちましょう」「前向きに取り組んでいますか」――これらの言葉は、支援の場で日常的に使われる。そしてそれは多くの場合、善意から発している。人が前を向いて生きることの大切さは、否定できない。

 しかし「前向きさ」が評価の基準になるとき、後ろを向いていることが否定される。

 後ろを向く時間が、人間には必要なことがある。喪失を悼むこと、過去の傷を振り返ること、悲しむこと、怒ること――これらは後退ではなく、回復の過程に不可欠な動きだ。グリーフ(悲嘆)の研究が示すように、喪失の後には悲嘆の時間が必要だ。その時間を十分に持てなかった人は、長期的に回復が難しくなる。

 「前向き」を急かすことは、悲嘆の時間を奪うことになりうる。「もう十分悲しんだでしょう」「いつまでも過去にとらわれないで」という言葉は、当事者の内的な時間を支援者の都合で切り上げることだ。

 ポジティブ心理学の影響も、ここで考慮すべきだろう。二〇〇〇年代以降、「幸福感を高める」「強みを活かす」「ポジティブな感情を育てる」という方向性の心理学が普及した。これは多くの人に有益だった。しかしその普及の過程で、「ネガティブな感情は克服すべきもの」という規範が強化された側面がある。悲しみ・怒り・絶望といった感情が、「前向きでない証拠」として扱われるようになった。

 精神療法の場でこの規範が強く機能するとき、患者は「前向きな患者を演じる」ようになることがある。本当の感情を隠し、支援者が期待する「回復しつつある患者」の役を演じる。表面上の指標は改善するが、内側の苦しみは見えなくなる。これは回復ではなく、演技だ。


回復の「物語」が強いるもの

 回復モデルが普及する中で、「回復の物語(リカバリー・ナラティブ)」というものが広まった。

 当事者が自分の回復の旅を語ること、その語りが他の当事者に希望を与えること、これは回復モデルの重要な要素だ。「私はこうして回復した」という物語は、力強いメッセージを持つ。

 しかしこの「回復の物語」にも、規範的な型が生まれた。

 理想的な回復の物語は、こういう構造を持つ。「私は病気になった。苦しんだ。しかし支援者や仲間の力を借りながら、少しずつ回復していった。今は○○として働き、充実した生活を送っている」。

 この型に当てはまらない物語は、語りにくくなる。「私は回復の途中で何度も後退し、今もまだ苦しい」という物語は、「回復の物語」の場では居場所がない。「私は回復することをあきらめ、病と共に生きることを選んだ」という物語は、回復モデルの文脈では「まだ回復に向き合えていない段階」と読まれかねない。

 語れる物語の型が決まるとき、その型に収まらない経験は周縁化される。そして自分の経験が語れない人は、回復の場からも排除される。解放の思想が、新たな排除の構造を作る逆説だ。


「回復できない人」の不可視化

 回復モデルが広く普及することの最大の問題点の一つは、「回復できない人」あるいは「回復を望まない人」の存在が見えにくくなることだ。

 すべての人が回復できるわけではない。これは悲観論ではなく、臨床的な現実だ。慢性的に重篤な状態が続く人がいる。長期にわたる入院を必要とする人がいる。症状のコントロールが困難で、地域生活に繰り返し困難が生じる人がいる。これらの人々に「回復できます」と言い続けることは、何かを救うどころか、「回復できない私は失敗者だ」という感覚を強化しうる。

 また、回復を「望まない」人もいる。社会に適応した形での回復よりも、今の自分の状態と共に生きることを選ぶ人がいる。「病者」としての自己同一性が、その人にとって意味のある生き方の基盤になっていることがある。これは病識の欠如でも回復への抵抗でもなく、一つの生き方の選択かもしれない。

 回復モデルが「回復は可能であり望ましい」という前提を持つ限り、これらの人々はモデルの外に置かれる。支援の言語を持たない人々が生まれる。


支援者の善意という複雑さ

 ここで一つ、強調しておかなければならないことがある。

 本章で批判的に検討してきた「回復の義務化」「前向きさの強制」「自己決定の義務」は、悪意から生まれているわけではないということだ。むしろ、誠実な善意から生まれていることの方が多い。

 回復モデルを実践しようとしている支援者たちは、患者をよくしたいと思っている。希望を語るのは、絶望の中にいる人に光を差し込みたいからだ。自己決定を促すのは、長年権利を奪われてきた人に主体性を取り戻してほしいからだ。前向きさを奨励するのは、後ろ向きな思考のループから出てきてほしいからだ。

 善意は本物だ。しかし善意は、それだけでは十分ではない。善意が、どのような構造の中で働くかによって、その効果は変わる。新自由主義的な自己責任論が社会を覆い、医療費が抑制され、支援の資源が削減されていく社会構造の中で、「回復して自立しましょう」という善意のメッセージは、どういう意味を持つか。

 下部構造の文脈が、上部構造の言葉の意味を変える。これが本書全体の中心的な問いの一つだ。


回復モデルの「政治的有用性」

 最後に、やや辛口な視点を提示したい。

 回復モデルが普及し、制度化され、政策の言語になっていく過程を振り返ると、この思想が特定の政治的・経済的な文脈において「有用」だったという側面が見えてくる。

 「精神疾患を持つ人が地域で自立して生活できる」という回復モデルの主張は、精神科病床の削減を正当化する論理として使えた。「回復できるなら、長期入院は不要だ」「地域での生活が可能なら、施設コストは削減できる」。福祉国家の縮小を志向する政策の中で、回復モデルは「人権の向上と医療費削減を同時に達成できる」という、都合の良いパッケージとして機能しうる。

 これは陰謀論ではない。善意の支援者と、コスト削減を志向する政策立案者が、「回復モデル」という同じ言葉を使いながら、異なる動機から同じ方向を向くことは十分ありうる。そして結果として、施設は削減されるが、地域の支援資源は十分に整備されないという状況が生まれる。

 「回復できる」という希望の言葉が、支援を撤退させる口実として使われるとき、回復モデルは当事者の武器から、制度の道具に変わっている。


 冒頭に戻ろう。

 「回復しなければいけないとわかっています。でも、できないんです」と言った彼女。

 彼女の言葉の中に、本章が論じてきた逆説がある。解放の言葉が義務の言葉になり、希望が規範になり、支援が圧力になったとき、当事者は二重に苦しむ。病そのものの苦しみと、回復できない自分への罪悪感という二つの苦しみを。

 では、どうすればよいのか。

 その問いに答えることが、次章と続く章の課題だ。回復モデルを捨てるのではなく、それを「救い直す」道を、ともに考えたい。

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