PERMAモデル:人が「よく生きる」ための5つの柱


PERMAモデル:人が「よく生きる」ための5つの柱

1. はじめに:PERMAモデルとは何か

PERMAモデルは、ポジティブ心理学を代表する心理学者マーティン・セリグマン(Martin E. P. Seligman)によって2011年に提唱された幸福理論の枠組みです。彼は著書『Flourish(邦題:ポジティブ心理学の挑戦)』において、「幸福とは単なる快楽や笑顔ではなく、人間が充実した人生を送るための複数の構成要素から成る」と述べました。

セリグマンによれば、人がよりよく生き、繁栄する(Flourishing)ためには、以下の5つの要素が重要です:

  • Positive Emotion(ポジティブ感情)
  • Engagement(没頭、フロー)
  • Relationships(良好な人間関係)
  • Meaning(意味、目的)
  • Accomplishment(達成、貢献)

これらの頭文字をとって「PERMA」と呼ばれ、幸福(well-being)という複雑な現象を多次元的に捉える指標として、現在ではポジティブ心理学の枠組みの中心をなしています。

それでは、各要素について詳しく見ていきましょう。


2. Positive Emotion(ポジティブ感情):心を満たす“喜び”の力

ポジティブ感情とは、喜び・感謝・希望・安心・愛情・興奮・誇り・驚きなど、私たちの心を温かく広げるような感情状態を指します。これらは一時的な気分に見えるかもしれませんが、ポジティブ心理学の研究では、ポジティブ感情は長期的なウェルビーイングを支える基盤的資源であると位置づけられています。

■ Fredricksonの「広範化-構築理論(broaden-and-build theory)」

この理論によれば、ポジティブ感情はただ「気分がよくなる」だけではありません。
ポジティブ感情が生じることで、人は視野が広がり、柔軟な思考が促進され、創造的・協調的な行動がとれるようになるのです。

例えば、「感謝」や「愛情」を感じているとき、人は他者との関係に目を向けやすくなり、結果として社会的資本が築かれます。
こうした日々のささやかな感情が、レジリエンス(回復力)、社会的支援、自己効力感といった「内的資源」を少しずつ積み上げていくことになるのです。

■ 臨床への応用

感謝日記:毎晩3つの「今日ありがたかったこと」を書き留めることで、幸福度や睡眠の質が向上したという研究があります。
ポジティブ・リフレーミング:苦しい状況における「よかった探し」は、ストレスの中でも自尊感情を保つ術として活用されます。


3. Engagement(没頭・フロー):自分を忘れるほど夢中になる経験

Engagementとは、自分の強みや能力が最大限に活かされ、時間の感覚さえ忘れるほどに何かに没頭している状態を指します。心理学者チクセントミハイ(Mihaly Csikszentmihalyi)が提唱した「フロー(flow)」体験とも密接に関連しています。

■ フロー体験の特徴

  • 課題の難易度と能力が釣り合っている
  • 明確な目標がある
  • 即時的なフィードバックがある
  • 自我意識が消える(自己忘却)
  • 時間感覚の歪み(「あっという間」や「永遠に続いてほしい」)

このような体験は、スポーツ、芸術、仕事、対人関係、学習などあらゆる活動で起こり得ます。

■ 没頭の心理的効用

  • 自己効力感の向上
  • 生きがいや職業的満足感
  • 不安・うつ症状の軽減

とくに現代の「デジタル分断」や「注意散漫」な社会では、没頭できる活動を意識的に持つことが、精神的健康を保つ鍵となります。


4. Relationships(良好な人間関係):幸福は“つながり”の中に生まれる

幸福に関する研究の中で一貫して示されているのは、良好な人間関係が最も強力なウェルビーイングの予測因子であるという点です。

ハーバード大学の「成人発達研究(The Grant Study)」では、75年以上にわたり男性の幸福度と健康を追跡した結果、最も幸福で健康だった人々は、愛とつながりのある人間関係を持っていたことが分かりました。

■ なぜ人間関係が幸福に効くのか?

  • 支え合いによりストレス耐性が高まる
  • 他者との交流で自己理解が深まる
  • 他者への貢献が自己肯定感を育む
  • 愛着や共感が安心感・安全感を生む

■ 治療・教育での応用

  • アクティブ・コンストラクティブ・レスポンス:他者のポジティブな話題に喜びをもって応答することで、関係性が深まる。
  • 共感訓練・ソーシャルスキルトレーニング:対人関係が困難な人に対して、ポジティブな関わり方を学ぶ機会を与える。

関係性の質は、量(友人の数)以上に重要です。「つながりを感じている」ことが、孤独や不安の予防薬となります。


5. Meaning(意味・目的):人生を「なぜ生きるのか」と問い直す

Meaningとは、自分の人生に目的や意義を見出すことであり、「何のために生きているか」「自分は何に貢献したいのか」といった問いに向き合うことを含みます。

これこそが、人間に特有の精神的営みであり、特に困難な状況を乗り越える力になります。

■ フランクルの実存的意味づけ

ナチス収容所を生き抜いた精神科医ヴィクトール・フランクルは、極限状態でも「人生の意味を見いだす力」が人間を支えると説きました。
この視点は、トラウマや喪失を抱えた人への治療的アプローチ(ロゴセラピー)に影響を与え、今日のポジティブ心理学にも引き継がれています。

■ Meaningがもたらすもの

  • 自己超越感(自己を超えた価値に生きる)
  • 希望・信念・スピリチュアリティ
  • 逆境からの成長(Posttraumatic Growth)

例えば、がんを経験した人が「家族との絆が深まった」「生きていることの大切さを知った」と語るように、苦しみの中でこそ意味は形づくられやすいとも言えます。


6. Accomplishment(達成・貢献):努力が報われる喜び

達成感は、「自分は何かを成し遂げた」「他者や社会に貢献できた」という実感に根差しています。それは、外的報酬(称賛・報酬)にとどまらず、内的報酬(誇り・満足)として人の心を支えるものです。

■ 小さな達成が生む自己効力感

たとえば、「毎日少しずつ片づける」「一日10分読書する」「ありがとうを3回言う」といった小さな行動の積み重ねが、行動→成功体験→自己信頼の好循環を生み出します。

目標を設定し、達成するプロセスは、うつ状態や無力感を打破する鍵にもなり得ます。
また、「他者の役に立った」という実感は、**社会的貢献感(Generativity)**や「人生の意味」とも深くつながっています。

■ セラピーや教育での応用

  • SMART目標(Specific, Measurable, Achievable, Relevant, Time-bound)を用いた行動計画
  • 強みを活かした達成経験の振り返り
  • 支援を必要とする他者へのボランティア参加(貢献による自己成長)

7. PERMAの全体像:幸福は「五重奏」で響く

これら5つの要素は、それぞれ独立して幸福感に寄与しますが、相互に補い合うことも重要です。
例えば、「仕事にフローを感じる(Engagement)」人でも、それが孤立や無意味さにつながっていれば、持続的幸福は得られません。
逆に、「人間関係(R)」を通じて「意味(M)」を得ている人は、多少の困難があっても充実した人生を送る傾向にあります。

PERMAは、人生を単なる「快」の追求から、「意味」「成長」「つながり」を含んだ豊かな体験へと導くフレームなのです。


8. おわりに:PERMAの実践と未来

近年、教育現場では「ポジティブ教育」、企業では「ウェルビーイング経営」、医療では「ポジティブ精神医学」など、PERMAを土台とした実践が広まりつつあります。

PERMAモデルは、「何が足りないか」ではなく、「何がすでにあるか」に目を向けさせてくれます。
これは、単なる楽観主義ではなく、人間の可能性を信じる希望に満ちた実践科学でもあるのです。


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