BPSモデル(生物・心理・社会モデル)の「現代的再評価」は、かつての理想主義的万能モデルから脱却し、「臨床的現実に即した使い方」「構造的整備」「実装科学との連携」などを通じて、再び有効なフレームワークとして蘇生させようとする動きです。
以下に、再評価の主な視点を整理して紹介します。
🔁 BPSモデルは「再評価」されるべきか?
✅ 再評価の前提:モデル自体の意義
長所 | 説明例 |
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人間全体を扱う構え | 病気だけでなく「患者の物語」「家族」「社会的文脈」を取り入れる枠組み。 |
生物決定論の批判として有効 | 精神疾患を「脳の病気」だけに矮小化せず、心理・社会因子も重視。 |
包括性と対話性を持つモデル | 患者の主観・生活・価値観といった非生物的要素を、正統な診療対象として認める。 |
💬 現代的再評価の主要な方向性
① 構造化・標準化されたBPSモデルへの移行
- 問題:古典的BPSは「何でもあり」になりがちで、臨床での一貫性が乏しい。
- 改善策:最近では「構造化BPSモデル(structured BPS)」や「4Pモデル」など、より明確な使用法が提案されている。
📌 例:4P因子モデル(BPSの拡張構造)
因子 | 内容 |
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Predisposing(素因) | 遺伝・養育歴・性格傾向 |
Precipitating(誘因) | ストレス・事件・急性トリガー |
Perpetuating(維持因) | 回避行動・環境・スティグマなど |
Protective(保護因子) | 家族・信念・支援資源など |
② 実装科学との連携(Implementation Science)
- 背景:BPSモデルは教育現場で理想とされるが、実臨床での再現性や継続性が乏しい。
- アプローチ:どの要素を・どの順で・どのように記録し介入するかを、実証的に評価する試みが始まっている。
📌 例:BPSテンプレートを電子カルテに組み込む
- 患者の主訴とともに、生物・心理・社会の各領域の評価を構造化して記録。
- 診療プロセスの中で、BPS的要因が介入にどう活かされたかを可視化。
③ 臨床教育における有用性の再確認
- 学習モデルとしての優位性:医学生や若手医師にとって、個別性と多様性を尊重する診療態度を学ぶための格好の枠組み。
- メンタルヘルス診療の基礎訓練として、BPSモデルは依然として有効。
- 特に初診面接、包括的評価(case formulation)には有用。
🧠 再評価における理論的補強
視点 | 内容 |
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現象学・解釈学的補完 | Jaspers や Merleau-Ponty の現象学を背景に、主観・意味・関係性に重点を置いた理解。 |
ナラティブ・アプローチとの親和性 | 「患者の語り」としてのBPS評価 → ナラティヴ・ベースド・メディスンとの統合。 |
エビデンス統合的ケア(EBPとの融合) | 生物的治療(薬・手術)と心理社会的介入(CBT・福祉支援)の統合判断を支援。 |
✏️ 批判的再評価のまとめ
従来の問題点 | 現代的修正アプローチ例 |
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拡散しすぎて診断ツールとして使いにくい | 4Pモデル、構造化BPS、ICFベース評価など |
介入に結びつかない理想論に陥りやすい | Implementation Scienceとの統合、アウトカム指標との連動 |
方法論的な一貫性に欠ける | Method-Based Psychiatryや現象学的アプローチとの補完 |
🔚 結語
BPSモデルは、「万能な理論」ではなく、「臨床の態度」や「問いの持ち方」として再構築されるべきである。
そのためには、構造化・意味理解・実装の3点を意識して、臨床実践に丁寧に織り込む必要がある。
以下に、再評価されたBPSモデル(生物・心理・社会モデル)を用いたケースフォーミュレーションの具体例を示します。これは、構造化された「4Pモデル(素因・誘因・維持因・保護因)」を基本フレームにして、実際の臨床での応用が可能な形式です。
🧠 例:30代女性・抑うつ状態のケースフォーミュレーション
■ 主訴
「2か月ほど前から眠れず、食欲もなくなり、朝に起き上がれません」
🧩 ケースフォーミュレーション(BPS × 4P モデル)
領域 | 素因(Predisposing) | 誘因(Precipitating) | 維持因(Perpetuating) | 保護因(Protective) |
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生物(Biological) | ・うつ病の家族歴(母)・過去に月経前不快気分障害(PMDD)あり | ・産後のホルモン変動(1歳児あり)・慢性的な睡眠不足 | ・慢性的な疲労と体調不良・未治療の鉄欠乏症 | ・身体検査・血液検査で異常を把握済み・SSRIに対して副作用なく効果あり |
心理(Psychological) | ・完全主義的傾向・自己批判的内語(自己否定的思考) | ・職場での評価面談で「能力不足」と指摘 | ・「自分は無価値」という自動思考の反復・失敗回避型の行動(社会的回避) | ・過去に短期のカウンセリング経験あり・読書や日記など内省的な活動が好き |
社会(Social) | ・夫は長時間勤務で育児に関与しづらい・実家は遠方 | ・保育園での子どものトラブル(噛みつきなど) | ・孤立した育児環境・他者に頼れない文化的背景(自己責任感が強い) | ・保育士との良好な関係性・地域に母親向け支援グループが存在 |
🧭 問題の中心軸(診立て)
- 生物的要因(遺伝的脆弱性・ホルモン変動)に加えて、心理的な脆さ(自己評価の低さ)と社会的ストレス(育児・職場)が重なった複合的病態。
- 特に「役割葛藤(母親でありつつも仕事の自己実現を求める)」が心理社会的背景として大きい。
🩺 治療計画の例(BPS的介入の組み合わせ)
領域 | 介入内容 |
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生物学的 | ・SSRI処方(経過観察)・貧血治療(鉄剤)・睡眠衛生指導 |
心理的 | ・CBTによる自動思考の再構成・スキーマ療法的介入(自己批判への気づき) |
社会的 | ・地域母親支援グループ紹介・夫への家族面談(役割分担の再構築)・職場への配慮要請(産業医と連携) |
✍️ コメント:再評価されたBPSモデルの利点
- 「全体を見て、焦点を絞る」──すべてを均等に扱うのではなく、臨床的に中心となる問題軸に沿って要素を結びつけることで、実行可能で意味ある治療計画に落とし込める。
- 症状を**物語化(ナラティヴ)しながら、同時に構造化(ストラクチャード)**するという両義性が、現代的BPSの特徴。
📄 テンプレートとしての利用案(教育・チーム共有用)
- 診察やチームミーティングで以下のようなテンプレートを活用可能:
【4P/BPSケースフォーミュレーション記入表】
・Predisposing(素因):
Biological:
Psychological:
Social:
・Precipitating(誘因):
Biological:
Psychological:
Social:
・Perpetuating(維持因):
Biological:
Psychological:
Social:
・Protective(保護因):
Biological:
Psychological:
Social:
・中心となる問題軸(診立て):
・治療計画(生物・心理・社会の組み合わせ):