第10章 神経生物学的基盤の比較(神経伝達物質と脳画像研究)
10-1. はじめに
統合失調症とうつ病はどちらも神経生物学的な要因が重要な役割を果たしており、神経伝達物質の異常や脳の構造・機能異常が両疾患に共通して観察されます。本章では、これらの疾患における神経伝達物質、特にドーパミン、セロトニン、グルタミン酸の異常について述べるとともに、脳画像研究によって明らかになった異常な脳機能に焦点を当てます。
10-2. 神経伝達物質の異常
10-2-1. ドーパミン系
ドーパミン系は、統合失調症とうつ病の両方で重要な役割を果たしています。統合失調症におけるドーパミン過剰説(Lidow et al., 1998)では、ドーパミンの過剰活性が幻覚や妄想といった陽性症状の原因とされています。一方、うつ病ではドーパミンの活性低下が無気力や興味喪失といった症状に関与しているとされています。近年、両疾患においてドーパミン系の相互作用に関する理解が深まり、ドーパミンの不均衡がどちらの疾患でも関与していることが示唆されています。
10-2-2. セロトニン系
セロトニンは、特にうつ病においてその重要性が指摘されています。セロトニン不足がうつ病の主要な病態生理のひとつであると考えられており、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)がうつ病治療に有効であることがその証拠です。統合失調症においても、セロトニン受容体の異常が関与している可能性があり、特にセロトニンとドーパミンの相互作用が統合失調症の症状に関連しているという研究が増えています(Muench et al., 2015)。
10-2-3. グルタミン酸系
グルタミン酸は、中枢神経系で最も重要な興奮性神経伝達物質であり、統合失調症とうつ病の両方に関与しているとされています。統合失調症では、NMDA受容体の機能低下が神経伝達の異常を引き起こすとされ、神経発達的な異常が重要な要因とされています。うつ病においても、グルタミン酸系の異常が抑うつ状態の持続に関わることが示されており、ケタミン治療の登場によって注目されています。
10-3. 脳画像研究の成果
10-3-1. 統合失調症の脳画像研究
統合失調症における脳画像研究では、主に以下のような特徴が見られます。
- 灰白質の減少: 統合失調症患者の脳では、特に前頭葉や側頭葉において灰白質の減少が観察され、これが認知機能障害や症状の発症に関与しているとされています(Cannon et al., 2002)。
- 大脳皮質の萎縮: 進行性の病状に伴い、脳の構造的な変化が観察されることが多いです。
- ドーパミン系の異常: PETスキャンによる研究では、統合失調症患者でドーパミン受容体の活性化が確認されています。
10-3-2. うつ病の脳画像研究
うつ病における脳画像研究では、以下の特徴が見られます。
- 前頭葉の低活動: 特に前帯状皮質や前頭前皮質において低活動が観察され、感情の調整や意思決定に関わる脳領域の異常が示唆されています(Mayberg, 1997)。
- 扁桃体の過活動: 扁桃体は情動の処理に関与しており、うつ病患者においてはこの領域の過活動が見られることが多いです。これは感情的なストレスや不安の感受性に関連しています。
- セロトニン系の異常: うつ病におけるセロトニンの異常が、脳内の感情処理やストレス反応に影響を与えているとされています。
10-4. 統合失調症とうつ病の神経生物学的比較
神経伝達物質 | 統合失調症 | うつ病 |
---|---|---|
ドーパミン | 過剰活性が陽性症状(幻覚・妄想)を引き起こす | 活性低下が無気力や興味喪失に関連 |
セロトニン | 受容体の異常が症状に影響 | 不足が抑うつ症状に関連し、SSRIで治療 |
グルタミン酸 | NMDA受容体の機能低下が症状に関連 | グルタミン酸系の異常が症状の持続に影響 |
10-5. 結語
統合失調症とうつ病は、神経伝達物質および脳画像における異常が共有されているものの、その異常の性質には重要な違いがあります。特に、ドーパミンやセロトニン、グルタミン酸といった神経伝達物質の異常は、両疾患に共通して関与していますが、その役割や影響は異なることが示唆されています。これらの知見は、今後の治療法の開発や疾患の理解を深めるための重要な鍵となります。
参考文献
- Lidow, M. S., et al. (1998). Dopamine overactivity in the striatum and prefrontal cortex in schizophrenia. Schizophrenia Research, 30(3), 181–190.
- Muench, J., et al. (2015). Serotonin and schizophrenia: A review of the literature. The Journal of Clinical Psychiatry, 76(5), 634–642.
- Cannon, T. D., et al. (2002). Early and late neurodevelopmental influences on the onset of schizophrenia. Archives of General Psychiatry, 59(5), 387–392.
- Mayberg, H. S. (1997). Limbic-cortical dysregulation: A proposed model of depression. Journal of Neuropsychiatry and Clinical Neurosciences, 9(3), 471–481.