第14章:回復モデルと当事者中心の支援

第14章:回復モデルと当事者中心の支援

1. はじめに:治癒から回復へ

近年、精神医療における支援のあり方は、「治癒(cure)」よりも「回復(recovery)」を重視する方向へと変化している。とりわけ、統合失調症やうつ病といった慢性的な経過をたどることの多い疾患においては、症状の消失だけでなく、本人が望む生活をいかに取り戻すかが支援の中心課題となっている。

この章では、「回復モデル」の基本概念を概説し、統合失調症とうつ病における当事者中心の支援の特徴や課題について比較・考察する。


2. 回復モデルとは何か

回復モデルは、従来の「医療モデル」に対するオルタナティブとして1990年代以降に広がったアプローチであり、以下のような特徴を持つ。

  • 個人の主観的体験を重視する
  • 単なる症状の改善ではなく、自己決定・希望・意味ある人生の追求を支援する
  • 支援者と当事者の対等な関係性を志向する

このモデルは特に統合失調症の領域で実践的に発展してきたが、うつ病に対しても有効であることが示されている。


3. 統合失調症における回復支援の実際

統合失調症では、以下のような特徴を持つ回復支援が行われている。

  • ピアサポート:同じ病を経験した当事者が支援者として関わる
  • **WRAP(Wellness Recovery Action Plan)**などの自己管理プログラム
  • 精神障害者地域移行支援、グループホーム、就労支援施設の活用
  • **本人の語り(ナラティブ)**を大切にする姿勢

統合失調症では、陽性症状のコントロールがある程度可能になった段階で、「自分らしさ」を取り戻すための社会的リハビリテーションが重要となる。支援には時間がかかることも多く、長期的な信頼関係の構築が不可欠である。


4. うつ病における回復支援の特徴

うつ病では、比較的症状の改善が早期に得られるケースもあるが、再発や慢性化への配慮が必要である。

  • 認知行動療法(CBT)を中心とした心理教育的支援
  • 職場や学校への復帰支援(リワークプログラム)
  • 自尊心やセルフケア能力の再構築
  • 希望や生活の意味を再発見するナラティブ的アプローチ

うつ病の当事者支援では、「見えにくい苦しみ」への共感や、「がんばり過ぎない」ことの肯定など、非指示的で柔軟な関わりが求められる。


5. 両疾患に共通する視点と相違点

観点統合失調症うつ病
回復の焦点社会的役割とアイデンティティの再獲得感情の安定と人生の再構築
ピアサポート活発に導入されている導入は進みつつあるが限定的
支援の期間長期的かつ段階的支援が必要急性期から回復期への支援が比較的早い
支援上の困難認知機能障害、自己認識の困難希死念慮や自責感の強さ

両疾患において共通するのは、当事者の声を中心に据える支援構造の必要性であり、医療者の専門性と本人の自己決定をいかに統合するかがカギとなる。


6. おわりに

精神医療において「回復」は画一的なゴールではなく、多様な生き方の尊重そのものである。統合失調症とうつ病に対する支援の在り方は異なるものの、いずれも**「個人の物語」を取り戻すことに寄り添う姿勢が中心的**であることに変わりはない。


参考文献

  • Anthony, W. A. (1993). Recovery from mental illness: The guiding vision of the mental health service system in the 1990s. Psychosocial Rehabilitation Journal, 16(4), 11-23.
  • Slade, M. (2009). Personal Recovery and Mental Illness: A Guide for Mental Health Professionals. Cambridge University Press.
  • 日本精神障害者リハビリテーション学会(2016)『リカバリーを支える実践ガイド』中央法規.
  • 佐々木淳(編)(2019)『ナラティヴ・アプローチによる精神科リハビリテーション』医学書院.

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