1. マルクス的前提:金融は「実体の代理戦争」である
マルクスにとって、金融・通貨・債券は自立した世界ではありません。
それらはすべて、
価値を生み出す力(労働・生産)の上に乗った、派生形態
です。
だからマルクス的問いは常にこうなります。
- 円安は何を反映しているのか
- 国債は「信用」だが、その信用はどこから来るのか
- なぜ政策が効かないのか
答えは一貫しています。
実体的な価値創出が弱体化した社会では、金融操作は延命にしかならない
2. 円安:通貨が「労働の信用」を失った徴候
マルクス的に言えば、通貨価値とは最終的に
- その社会が
- どれだけ価値を生む労働を
- 再生産できるか
への評価です。
日本の円安は、
- 投機の結果
- 金融政策のミス
というより、
日本社会の労働力再生産が、世界から低く評価されている
という構造的判断です。
- 低賃金
- 非正規化
- 少子化
- 技術革新の停滞
これらはすべて、
「将来、どれだけ価値を生み出せるか」への疑念を強めます。
円安は、
労働力の商品価値が下がったことの通貨的表現です。
3. 債券安:国家信用が“実体”に引き戻される瞬間
国債とは何か。
マルクス的に言えば、
将来の剰余価値を先取りする請求権
です。
日本国債が成立してきたのは、
- 国内貯蓄
- 低金利
- 成長への漠然とした信認
があったからです。
しかし今は、
- 将来世代が減る
- 労働者は疲弊
- 成長の物語が語れない
つまり、
返済されるはずの剰余価値が見えない
債券安は「財政規律が崩れた」のではなく、
国家が剰余価値を生み出す能力そのものを疑われている兆候です。
4. 円高と円安が同時に起こりうる理由(資本の二重評価)
一見矛盾ですが、マルクス的には説明できます。
- 通貨としての円 → 弱い
- 危機時の退避通貨としての円 → 一時的に強い
これは、
- 日本経済が強いからではなく
- 「他よりはマシ」な清算地として扱われている
という意味です。
資本は、
- 成長を期待する時 → 円を売る
- 世界が不安定な時 → 円に逃げる
円高・円安の揺れは、
価値創出ではなく、恐怖と計算で動く資本の自己防衛運動です。
5. トリプル安:資本主義末期に特有の警告信号
トリプル安(円安・株安・債券安)は、
マルクス的には非常に重い意味を持ちます。
- 通貨が信じられない
- 企業の将来利益が信じられない
- 国家の信用が信じられない
つまり、
価値の三層すべてが同時に疑われている状態
これは政策調整では止まりません。
なぜなら、
どれも「表層」ではなく
価値生産の根幹への不信だからです。
6. 日本国債暴落が世界金融危機になりうる理由
マルクス的に見れば、日本国債は、
- 単なる国内債務ではない
- 世界金融システムの「安定資産の一角」
です。
もし日本国債が本格的に崩れれば、
- 銀行
- 年金
- 保険
- 国際ポートフォリオ
が同時に損傷します。
これはリーマン・ショックと違い、
「一企業」ではなく「一国家の再生産能力」への疑念
が引き金になります。
つまり、
- 誰かを救済すれば終わる話ではない
- 代替の安全資産が存在しない
世界金融危機になりうる、というより、
危機の“形”そのものを変えてしまう
可能性があります。
7. なぜ有効な立て直し策が見つからないのか
マルクス的に最も重要な点です。
理由は単純です。
剰余価値を生む源泉が、すでに痩せ細っているから
- 賃上げ → 利潤率を圧迫
- 増税 → 消費を冷やす
- 財政出動 → 国債不安
- 金融緩和 → 通貨不信
どの策も、
別の矛盾を激化させるだけです。
これは政策能力の問題ではなく、
成熟資本主義が到達する構造的袋小路
です。
8. 総括:日本は「破綻」ではなく「長期空洞化」に向かう
マルクス的に見ると、最もありうる未来は、
- 急激な崩壊ではない
- 革命でもない
ゆっくりとした信用の蒸発です。
- 通貨は不安定
- 国債は脆弱
- だが完全には壊れない
なぜなら、
- 壊す主体も
- 作り直す主体も
- もう存在しない
からです。
これは恐怖の物語ではなく、
静かな衰退の記述です。
