「民主主義との適合性」は、制度論ではなく、内的超越者の構造との相性の問題として考えると、見通しがよくなります。
民主主義とは単に選挙制度ではありません。それは、
- 権威を相対化できること
- 自己決定を引き受ける主体が存在すること
- 原理(法・憲法)を人格より上位に置くこと
- それでも他者と共存すること
を必要とします。
つまり民主主義は、
内的超越者を持ちつつ、それを絶対化しない主体
を前提にしている。
Ⅰ 中国型と民主主義
中国型の内的超越者は「天理」という抽象原理です。
これは民主主義にとって有利な点があります。
- 原理が人格より上位にある
- 君主は条件付き
- 正統性は徳による
これは近代憲法主義と構造的に近い。
しかし問題もあります。
中国型は「去る」倫理です。
不義なら離脱する。
だが変革の主体になるとは限らない。
民主主義は:
不義なら、制度を変える
ことを要求します。
中国型は批判はできるが、
参加的変革に弱い。
したがって:
理論的適合性は高いが、
政治的実践との緊張がある。
Ⅱ 日本型と民主主義
日本型の内的超越者は「関係的他者」です。
これは民主主義にとって両義的です。
利点:
- 合意形成が得意
- 衝突を避ける
- 多数派専制が起こりにくい
欠点:
- 原理より空気が優位
- 法より関係が優先
- 批判が困難
民主主義は本来、
対立を制度化するものです。
しかし日本型は
対立そのものを回避しやすい。
結果:
安定するが、
自己決定の強度が弱い。
民主主義は形式的に成立しても、
主体の原理性が弱い。
Ⅲ 韓国型と民主主義
韓国型は父性的超自我が強い。
これは民主主義に対して
爆発的な適合性を持ちうる。
なぜなら:
- 正義への情動が強い
- 不正への怒りが強い
- 道徳的緊張が高い
実際、韓国の民主化運動は
高い倫理的情熱を伴いました。
しかし同時に:
- 道徳的分断が激化しやすい
- 敵を悪とみなす傾向
- 政治が道徳闘争化しやすい
民主主義は
敵を絶対悪にしない制度です。
韓国型は倫理強度が高いため、
政治が善悪の二分法に傾きやすい。
Ⅳ 三類型の適合性比較
| 日本 | 中国 | 韓国 | |
|---|---|---|---|
| 原理尊重 | 弱い | 強い | 強い |
| 対立許容 | 低い | 中程度 | 高いが激しい |
| 参加意欲 | 安定的 | 条件付き | 高強度 |
| 分断リスク | 低 | 低 | 高 |
| 民主主義安定性 | 高 | 中 | 変動的 |
Ⅴ 決定的条件
民主主義に必要なのは:
- 原理を内面化すること
- しかし原理を絶対化しないこと
- 他者の異質性を許容すること
ここで問われるのは:
内的超越者が柔軟かどうか。
Ⅵ 内的超越者の柔軟性
日本型は柔らかいが原理が弱い。
中国型は原理が強いが離脱的。
韓国型は原理も情動も強いが硬い。
民主主義に最も適するのは、
原理を持ちつつ、情動を制御できる構造
です。
つまり、
中国型の原理性
+
日本型の関係調整能力
+
韓国型の倫理的情熱
のバランスが理想に近い。
Ⅶ より深い問い
東アジアでは、超越者は
- 日本:関係に溶解
- 中国:原理に抽象化
- 韓国:父権に集中
してきた。
民主主義は
超越者の相対化
を要求します。
これは東アジアにとって
いまだ進行中の課題です。
Ⅷ 結論
民主主義との適合性は、
文化が民主主義に向いているかどうか
ではなく、
内的超越者をどこまで再編できるか
にかかっている。
- 日本は原理を強化する必要がある
- 中国は参加的主体を育てる必要がある
- 韓国は倫理の強度を緩和する必要がある
民主主義は制度ではなく、
精神構造の問題
なのです。
