統合失調症の妄想構造 日中比較

統合失調症の妄想構造を、これまで議論してきた「超越者の内在化」という観点から日中比較検討することは、精神医学的であると同時に、極めて文化心理学的な興味深い視座を与えてくれます。

精神医学者の木村敏や中井久夫、文化人類学的な知見、そして丸山眞男や漱石が描いた精神構造を補助線にして、統合失調症の妄想構造における日中の決定的な違いを分析します。


統合失調症の妄想構造:日本的「世間」と中国的「権力」の比較考察

序:妄想という名の「外部化された超越者」

統合失調症の核心的な症状の一つは、自我の境界が崩壊し、自らの思考や存在が「外部の他者」によって支配・干渉されるという体験(作為体験、影響妄想)です。

これを資料の文脈で解釈すれば、本来「内面化されるべき超越者(自己を律する原理)」の構築に失敗し、あるいはその機能が崩壊した結果、超越的な力が「恐るべき外部の他者」として立ち現れ、患者を攻撃し始めるプロセスと言えます。このとき、現れる「他者」の姿に、その文化圏の精神構造が色濃く反映されます。

1. 日本型:水平的・関係的な「世間の目」の妄想

日本の統合失調症患者に特徴的なのは、「関係妄想」および「注視妄想(見られている)」の圧倒的な多さです。

  • 構造:水平的パノプティコン
    日本人の超自我が「内なる神」ではなく「外なる世間」に基づいていることは既に議論しました。統合失調症の発症において、この「世間の視線」が牙を剥きます。「近所の人が自分の悪口を言っている」「電波やネットを通じて、自分のプライバシーが全国に筒抜けになっている」といった妄想です。
  • 特徴:匿名の「衆人」
    妄想の主体は、特定の権力者ではなく、常に「周りの人々」「世間一般」という匿名の集合体です。これは、超越者が垂直の軸(神)として内在化されず、水平の網(関係性)として外在化し続けている日本的構造の反映です。
  • さと(悟り)の欠如: 木村敏は、日本の患者が「自分が他者の思考を読み取ってしまう(あるいは読み取られる)」という「サトシ(覚り)」体験に苦しむことを指摘しました。これは「自他未分化な母子的一体感」が崩壊した際の悲劇的な反転です。

2. 中国型:垂直的・政治的な「権力と中心」の妄想

対照的に、中国の統合失調症患者の妄想構造には、伝統的に「垂直的な権力」「政治的な中心」が色濃く投影される傾向があります。

  • 構造:垂直的・中央集権型
    中国の精神構造には、科挙知識人の議論でも見たように、「中心(天・皇帝・国家)」という垂直の軸が強固に存在します。妄想の主体も、「国家安全部」「警察」「共産党」「最高指導者」といった、具体的かつ強大な権威であることが多いのが特徴です。
  • 特徴:迫害と偉大
    「自分は国家の重大な機密を握っているために、当局から命を狙われている(迫害妄想)」あるいは「自分は実は高貴な血筋であり、隠された指導者である(誇大妄想)」といった形をとります。これは、超越者が「中心的な権威」として意識されているため、自己の崩壊が「中心との関係性の破綻」として体験されるからです。
  • 「道」からの脱落: 中国的文脈では、正気(正道)から外れることは、宇宙的な秩序(天)からの追放を意味します。そのため、妄想はしばしば「自分が正しい道(イデオロギーや道徳)にいるか、否か」という峻烈な価値判断を伴います。

3. 「超越者の内在化」の失敗形態の比較

この比較をテーマに結びつけると、以下のようになります。

  • 日本の失敗: 「超越者の内在化」を「世間への適応」で代用してきたため、自我が崩壊すると、世間という網の目が一斉に自分を縛り上げる「関係性の地獄」が現れる。
  • 中国の失敗: 「垂直の超越者(道・法)」との合一を求めすぎるあまり、自我が崩壊すると、強大な権力に飲み込まれるか、自分が全能の権力者になり代わるという「権力の地獄」が現れる。

4. 漱石的「自己本位」の挫折としての発症

夏目漱石がロンドンで神経衰弱(現在で言う強迫神経症や統合失調状態の境界線)に陥った際、彼は「ロンドンの街中の人々が自分を嘲笑している」という関係妄想的な苦しみを味わいました。これは、日本的な「他者本位」の精神構造を持ったまま、西洋という異質な「父の法(超越者)」の中に放り込まれ、内面的な拠り所を失った際の典型的な反応です。

漱石がそこから「自己本位」という思想を打ち立てて回復したのは、まさに「外部から攻撃してくる視線」を、「自己の内部にある価値基準(内なる超越者)」へと、命がけで変換(内在化)したプロセスであったと言えます。

5. 現代における変容:デジタル化される妄想

現代では、この日中の違いもデジタルテクノロジーによって変容しています。

  • 日本: 「SNSで監視されている」「自分の思考がAIにアップロードされている」という、より広域で不可視な「水平の網」への妄想。
  • 中国: 「顔認証システムで常に追跡されている」「社会信用スコアによって抹殺される」という、ハイテクを駆使した「垂直の監視」への妄想。

結論

統合失調症の妄想構造の日中比較は、それぞれの文化がいかに「超越者」を配置しているかを逆説的に証明しています。

  • 日本においては、超越者が「横の関係性(世間)」に拡散しているため、妄想は「偏在する視線」となります。
  • 中国においては、超越者が「縦の中心(権威)」に集中しているため、妄想は「絶対的な力」となります。

いずれの場合も、治療の本質的な課題は、外部から自分を脅かす「恐るべき他者」を、いかにして「自分を支え、導く内なる超越者(良心・主体性)」として再統合(内在化)できるか、という点に集約されます。

漱石が「自己本位」によって救われたように、患者が自らの内面に、世間や権力にも揺るがない「小さな、しかし確固たる自分だけの法」を打ち立てることが、妄想という名の外部化した超越者から自由になる唯一の道なのです。

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