- 概要と背景(導入):双極性障害(BD)は生涯有病率2~4%と推定され、世界的に主要な障害原因の一つである。1970年代以来のドーパミン仮説は、躁状態ではドーパミン過活動(hyperdopaminergia)、**抑うつ状態ではドーパミン低活動(hypodopaminergia)**が関与し、ドーパミン恒常性の破綻が気分の循環を生むとする。本レビューは、薬理学的研究、死後研究、神経画像研究を統合し、この仮説と治療的含意を検討している。
- 薬理学的・臨床的証拠(躁とうつ):D2/3受容体遮断薬(抗ドーパミン薬)が急性躁状態に有効であることは、躁におけるドーパミン過活動モデルを支持する。一方、双極性うつではドーパミン作動薬と遮断薬の双方が有効でありうるという逆説があり、単純な増減モデルでは説明できない受容体レベル/回路レベルの複雑性が示唆される。著者らは、躁では線条体D2/3受容体利用可能性の上昇、うつではドーパミントランスポーター(DAT)増加によるシナプス間ドーパミン低下という仮説を提示している。
- 動物モデル:アンフェタミン投与、DAT遮断、ドーパミン受容体刺激、VTAの光遺伝学的刺激などによりドーパミン活性を高めると、げっ歯類で躁様行動(過活動など)が生じる。逆にドーパミン神経の損傷や機能低下は抑うつ様行動を引き起こす。これらは気分極性に対応する双方向モデルを支持する。
- 死後研究:背外側前頭前野におけるD2受容体発現の上昇が比較的一貫して報告されている。D1、D5受容体やDATに関する所見は一貫しない。薬物曝露、死因、死亡時の気分状態不明などの交絡因子が解釈を難しくしているが、D2/3系の異常が重要である可能性が示唆される。
- in vivo画像研究―躁状態:PET研究では、とくに精神病性躁状態でD2/3受容体密度の上昇が報告されている。ドーパミン合成能の結果は一貫しないが、報酬関連回路(腹側線条体、VTA)の過活動がしばしば認められる。ドーパミン異常は躁症状の重症度よりも精神病症状と強く関連する可能性がある。
- in vivo画像研究―寛解期・抑うつ期:所見は一貫しない。DATは増加と減少の両報告がある。寛解期のドーパミン放出に明確な異常は示されていない。双極性うつにおけるドーパミン低機能の証拠は示唆的だが決定的ではない。
- 報酬処理(fMRI):腹側線条体と前頭前野における報酬関連活動の異常が、各気分相で報告されている。躁では報酬予期時の活動亢進がみられることが多い。双極性うつでは所見は一定せず、単極性うつのような一貫した「報酬鈍麻」は明確ではない。報酬予測誤差やサリエンス処理の異常が示唆される。
- 統合モデル:
- D2/3受容体利用可能性↑ → ドーパミン神経伝達↑ → 躁
- DAT発現↑ → シナプス間ドーパミン↓ → 抑うつ
受容体とトランスポーターの恒常性破綻が気分のスイッチングを生む可能性がある。
- 限界と今後の方向性:サンプルサイズの小ささ、薬物の影響、結果の不一致などの制約がある。ドーパミン以外のモノアミン系との相互作用も考慮が必要である。仮説が支持されれば、躁ではドーパミン合成/放出抑制、双極性うつではDAT遮断など、新たな治療戦略の開発につながる可能性がある。
2017
