「Hypomania: What’s in a name?(軽躁病:その名の意味するところは?)」2008

「Hypomania: What’s in a name?(軽躁病:その名の意味するところは?)」2008の要約です。

オックスフォード大学のガイ・グッドウィン教授によるこの論考は、曖昧に使われがちな「軽躁病(Hypomania)」という言葉の定義を整理し、その臨床的な重要性を説いたものです。


論文の要約

1. 背景:曖昧な定義

著者はいわゆる「ハンプティ・ダンプティ原則(言葉の意味を主観的に決めてしまうこと)」を引用し、英国などの臨床現場で「軽躁病」という言葉が、単に躁病という言葉の響きの悪さを避けるためや、丁寧な表現として曖昧に使われている現状を指摘します。本来、軽躁病(ギリシャ語のhypo=下)は、正常な高揚感と病的な躁病の間のギャップを埋める概念です。

2. DSM-IV と ICD-10 の定義の違い

  • DSM-IV(米国の基準): 躁病と軽躁病を明確に区別します。躁病は「機能不全(社会生活への支障)」を伴いますが、軽躁病は4日以上の気分高揚があっても「顕著な機能不全、幻覚・妄想がない」ことが条件です。
  • ICD-10(世界保健機関の基準): 躁病エピソードの「段階(グレード)」の一つとして軽躁病を捉えています。境界線は社会活動の妨げが「深刻か、あるいはかなりあるか」という程度の問題とされています。
  • 結論: DSM-IVの方が「躁病とは別の、より軽い状態」として独立させており、ICD-10は「躁病の軽症版」として扱っています。

3. 軽躁病を定義することの臨床的メリット

軽躁病を(DSM-IVのように)躁病と分けて診断することには、治療上の大きな利点があります。

  • 誤診の防止: 双極II型障害は通常「うつ状態」で受診しますが、過去の軽躁病エピソードを見逃すと「単極性うつ病」と誤診されます。
  • 薬物選択: 安易に抗うつ薬(特に三環系など)を処方すると、軽躁病やラピッドサイクリング(頻繁な気分変動)を誘発し、病状を悪化させるリスクがあります。
  • 介入の判断: 「躁病」と診断すれば積極的な治療介入が必要になりますが、軽躁病はその後のうつ状態の予測因子としての意味合いが強くなります。

4. 双極性スペクトラムの拡大

ジュール・アングストらの研究によれば、厳格な基準に満たない「閾値下の軽躁症状」を持つ人は人口の約11%以上存在します。
これをすべて「病気」とするのは行き過ぎ(診断のインフレ)だという批判もありますが、これらの人々は家族歴、物質乱用、自傷行為などのリスクが高いことも事実です。軽躁病は単なる「絶好調な状態」ではなく、精神医学的なリスクを孕んだ状態です。

5. 結論

躁状態を十把一絡げに「軽躁病」と呼ぶような現在のルーズな慣習は、適切な医療の実践を妨げます。軽躁病と躁病の境界を定めることは現代の大きな課題ですが、両者を明確に区別することは、患者への適切な治療(特に抗うつ薬の慎重な使用や気分安定薬の導入)を選択する上で極めて重要です。


この論文のポイント(わかりやすく言うと)

  • 「軽躁病」を「軽い躁病」と適当に呼ぶのはやめるべき。
  • うつ病だと思っている人の中に「隠れた軽躁」を見つけることが、間違った薬(抗うつ薬)による悪化を防ぐ鍵になる。
  • 軽躁状態は本人は心地よいかもしれないが、背景に精神的な不安定さを抱えていることが多いため、慎重な診断が必要である。
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